07/05/31 22:38

グライダー

 日本のグライダー発祥の地 ”信州霧ヶ峰” で、今年もグライダー

が飛びだした。

 毎年、4月から11月まで、まわりに各アルプスや八ヶ岳、眼下には

レンゲツツジやニッコウキスゲ等を見ながら悠々と飛ぶグライダー・・・・・

下から眺めるだけでなく、自分も飛んでみたいと思うのは私だけだろうか。

 

 見えない風に折り合いをつけ・・・上昇気流に乗って・・・自然の一部になって。


 (準備はよいか。)

↑ ↓ (SUV車に牽引され上昇)

 (音ももなく悠々と)

 (着陸体制へ)

 (無事着陸)

 (軽トラに牽引され駐機地点へ)

カテゴリ[ マイブーム]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

07/05/25 21:23

春・乗鞍

 先日、乗鞍高原の春を見つけに行ってきた。

 5月下旬、ようやくあちらこちらに緑が目立つようになってきた。


 今年も、また、賑やかな季節が始まる。

 (どじょう池からの乗鞍岳)

↑ (まいめい池からの乗鞍岳)


 ”こちら” にも今春の写真があります。


  ”こちら ” には2006年秋の乗鞍高原の写真があります。


  ”こちら” には2005年晩秋の乗鞍高原の写真があります。


 HP・・・・・信州伊那の自遊人へ


カテゴリ[ マイブーム]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

07/05/22 20:22

あゝ 野麦峠

 一昨日の日曜日(H19.5.20)、信州松本市奈川で「野麦峠まつり」が

開かれた。今年で25回目だという。


 今の若者たちは知らないと思うが、40歳代より上の人たちは野麦峠

といえば、30年弱前、大竹しのぶさんが主演した映画「あぁ 野麦峠」を

思い出すのではないだろうか。

 明治から大正にかけて、信州の諏訪、岡谷地方の製糸工場へ飛騨地

方の農村から10代、20代の娘達が糸引きの出稼ぎに来ていた。その中

の一人の女性が、厳しい労働条件のなかで病に倒れ、兄に背負われ故郷

の飛騨へ帰る途中、この峠で「あゝ 飛騨が見える」と言って息き絶えたと

言う悲話は有名である。



 この映画を、私も涙して見たことを思いだす。

 (野麦峠に建つ記念碑)

 (峠にある茶屋。こちらは閉まっているが、もう一軒の茶屋は開いている。)

 (峠の茶屋から見る乗鞍岳。当時の工女達は、この山をどんな思いで見たのだろうか。)

 (みねの茶屋の脇で、朽ち果て忘れられたかのような木彫りの像)

 (峠付近の旧野麦街道。何人の工女達が通ったのだろうか。)



 旧野麦街道については ”こちら” にもあります。


 Hp・・・・・信州伊那の自遊人へ

カテゴリ[ マイブーム]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

07/05/17 17:05

新緑のしだれ栗

 信州 辰野町に自生しているしだれ栗です。


 このシダレグリは、シバグリの突然変異によって生まれたものだとのこと。

約3.4haの山間に、800本以上が群生しおり、周囲1m以上の大木だけでも

200本ほどあり、最大のものは周囲4m余りの古木もある。

 ただ、残念なことに中には枯れたものも出てきており、樹勢の衰えも目につく。



 江戸時代の初期には中山道の道筋となり、奇形な姿が往来する旅人の目

をひいたと文献にもある。


 撮りに行った日、地元の皆さんが早朝から下草刈りに汗をかいていた。貴重な

遺産を皆で守らなければならない。






 こちら にも過去のものがあります。


 HP・・・・・信州伊那の自遊人へ

 

 

 

 


 

カテゴリ[ マイブーム]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

07/05/09 21:40

八重桜

 今年も所謂サクラのシーズンが終わった。


 サクラの影で「八重桜」が今も咲いているのだが。


 (高遠花の丘公園にて)










HP・・・・・信州伊那の自遊人へ

カテゴリ[ マイブーム]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

07/05/05 14:44

再び園原の里(花桃の里)

 晴れた日の早朝(5/3)、再び園原の里へ撮りに行ってきました。

 ほぼ満開の状況でした。






 ”こちら” にも「はなもも」があります。

Hp・・・・・信州伊那の自遊人へ

カテゴリ[ マイブーム]   コメント[1 ]   トラックバック[0] 

07/05/02 22:29

園原の里(花桃の里)

 南信州 阿智村園原

 

 ここ園原の”桃源郷”づくりは、一人の男の熱い思いから始まったのだ

という。

 中央自動車道が貫いている恵那山トンネル、私たちが何のためらいも

なく利用しているこのトンネル、実は阿智村の一番奥に在る20戸ほどの

この集落は恵那山で遮られている。

 この地に嫁にいくのは可哀想と言われるほど過疎に悩む僻地だった。

この地に育った一人の男「渋谷秀逸」は、せっかく嫁いで来てくれた若い

娘たちが嫁ぎ先を自慢出来るような集落にしたい、そして愛着をもって若

い世代が住み続けられるようにしたいと思い、たまたま隣村(清内路村)に

あった綺麗な「はなもも」を植え、自慢できる集落づくりを考えたのだという。


 平成3年に10数本で始まったこの植栽は、人々の共感を呼び仲間や住

民が加わり約1,000本にまで増え、「はなももの里」として村のおおきな観

光資源となったのだという。









 

カテゴリ[ マイブーム]   コメント[0 ]   トラックバック[0]