11/01/15 00:55

開原 成允先生逝く。。。

12日、開原成允先生が急逝されました。
解離性動脈瘤ということですので、まさに突然の訃報でした。

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10/11/24 21:05

信州ドクターヘリ2号機 23年10月就航予定

中日新聞によると先日県庁で開催されたドクターヘリ検討会において、中南信地域への配備が予定されている信州ドクターヘリの2号機が23年10月に就航予定と報じられています。
1号機は佐久総合病院ですでに運航中とはいえ、あと1年を切っている。ドクターヘリの配備には病院のヘリポートはもちろんだが、病院内基地の構築、運用体制、搭乗医師看護師の養成、燃料や整備をするための基地構築、離発着場周辺のアセスメントなど準備事項は多い。
来年10月は厳しい日程だと思うのですが。。。
やるとなったらやりますけどね。

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10/10/22 13:39

伊那中央病院の救命救急センター化について

先日の新聞報道で平成24年4月を目処に、伊那中央病院の地域救急医療センターを救命救急センターに指定替えすることが報じられました。
現在、長野県南部には救命救急センターが3つあります。
元々のセンターであった昭和伊南総合病院は脳神経外科などで定評があり救急センターに必要な専用ベッド30床を持っていましたが、医師減によりこれを支えることができなくなりました。
救命救急センターを決めるのは県知事ですが、当時の田中康夫長野県知事は当時30床のベッド割り当てを、飯田市立、諏訪赤十字、昭和伊南の3病院にわけました。
当時昭和伊南の低下した救急機能を補っていたのが伊那中央だったわけですが、その段階で伊那中央を救命救急センターに指名替えせず、昭和伊南に残したのは当時の駒ヶ根市長の直談判によるものであったと言われていますが、その真偽表裏はどうだったのかはわかりません。
ただ、今になっての指定替えがどのような効果があるかは不明です。
救命救急センターになることによって、病院は県からの助成や診療報酬の増額が可能です。
つまり救急に関する医療費は増加します。
増加した分を過酷と揶揄される救急医の待遇改善や労働条件の緩和にまわせればよいのですが。。。
いずれにしても駒ヶ根市民には救急医療体制の変更について、伊那市民には救急医療費が税金にせよ医療費にせよあがることと救急体制がどう変わるのかということを、センター指定替えの前にしっかり説明する必要があるでしょう。

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10/01/22 00:53

病院の満床について

ここ1週間ばかり伊那中央病院では病床利用率が100%になる、いわゆる「満床」状態が続いています。
入院できる病院において、入退院を調整するベッドコントロールはとても重要です。特に救急業務を24時間対応している場合には、いつ何時重傷者が運ばれてくるとも限らないので、必ず病床をあけておく必要があります。
このため、国が指定する救命救急センターは30床の救急専用病床を用意することが必要とされています。
伊那中央病院は地域救急医療センターをもっていますが、これは国が定める救命救急センターではなく、あくまで伊那中央病院を運営する伊那中央行政組合(伊那市・南箕輪村・箕輪町)が予算を出し合って独自運用している救急センターです。
このため伊那中央病院の救急は、重傷患者を救急部として入院させる病床は決まって持っているわけではありません。
ではどうするかというと、まず救急患者は救急部で診察、検査、初期治療を行い、専門の各外来医師へコンサルティングし、決定した担当科で各病棟へ入院させるという方式をとっています。
その各担当科の病床が満床、つまり受け入れることができない状況にあるというわけです。
本日、上伊那地域の救命救急センターとして10床の救急専用病床を持つ昭和伊南総合病院も満床になり、救急受け入れができないという連絡が各消防署に伝えられました。
これは由々しき事態です。
もともと伊那はとても寒いせいか、冬期には満床状態になる傾向がありましたが、ここ数年はどこかの病院が対応できる状態にありました。しかし今年はになにか違うような感じがします。新型インフルの影響でしょうか、最近増加している循環器系や脳疾患系の患者さんの影響でしょうか、もしかしたらスキースノボシーズンで整形外科の入院が増えたのかもしれません。
それぞれの因子は考えられるのですが、それが複合的に重なり合っているのかもしれません。
それだとすれば根本的解決はすぐには無理ということになります。
ベッド満床になると重症患者の救急車の受け入れはできなくなります。受け入れても初期治療から先に進めないからです。マスコミはこれを「救急のたらいまわし」と言います。
まわすたらいが水で一杯なのに、たらいまわしと言われると、なにか妙な芸を要求されているのかとも感じてしまいますが、受け入れ先が決まらない救急隊、そして患者さんは一大事です。
とは言え病院は入院が必要な患者を退院させるわけにもいきません。
今晩も必死のベッドコントロールが続いています。

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08/09/22 02:42

上伊那地域の救急医療はどうなる?

伊那ケーブルテレビの記事から
 昭和伊南病院の救命救急センター維持へアピール 伊南医療対策検討委
 昭和伊南総合病院は、長野県でも早期から救急救命センターとして2.5〜3次の救命救急を担ってきました。 特に脳神経外科系には定評があったようです。

しかし、長野県の特性として山に地域がほぼ完全に分断されていますので、実質昭和が受け持っていたのは上伊那地域の救急医療でした。

この救急救命センターの状況が変わってきたのは平成15年に伊那市営伊那中央総合病院が、伊那中央病院として移転新築され、地域救急医療センターと医師の拡充がはかられたのと前後して、折からの臨床研修制度による地方病院の大学病院への医師引き上げや、根本的な医師不足によって、昭和伊南の整形外科、小児科、産科がほぼ機能しなくなってしまったことにあります。

当時の田中知事は、救急救急センターの再配置を強く熱望していました。これは昭和伊南どうこうではなく、そもそも長野県で医師派遣に力をもっている信州大学の救命救急センターから、隣接する松本の相澤病院の救急にセンターを移したかったのがはじまりではなかったと思います。

結局この問題は、信州大と相澤にそれぞれミニ救急センターを設置するということで決着したのですが、この余波をうけて、すでに機能しなくなってきていた昭和伊南の30床の救急センターも、飯田市立と諏訪赤十字病院にそれぞれ10床づつミニ救急センターとして再配置することでまとまりました。

で、上伊那地域のミニ救急センターは、すでに機能しなくなっていた昭和伊南から伊那中央病院へという流れになっていたのですが、これまた政治的決着をもって、昭和伊南に残されたという経過です。(記憶違いもあるかも)

さらにここにきて、長野県が機能評価をしなおして、その結果に緊急アピールという流れなのですが、いかがなもんでしょう。

 変遷をみていると、
  1 頑張っていた昭和伊南病院
  2 政治的な理由で医師不足へ
  3 機能低下で救命救急センター再配置へ
  4 政治的な理由でミニ救急存続へ
  5 機能低下で機能評価うける
  6 緊急アピール <ー今ココ

一番の被害者は誰なんでしょう。昭和伊南総合病院であり、そこに勤務しているスタッフであり、さらに地域住民でしょうね
で、この緊急アピールとなったわけなんですが、どうしても時系列的にも内容的にも「政治的」と思われても仕方がないです。 せめて、病院、スタッフ、住民に「どうします」「どうしましょう」まで加えて、はじめてアピールできると思うのですが。 結局決め台詞が「県への抗議」だけでは、

7 地域救急の崩壊へ

 となりそうなのが、ほかの地域のパターンのように思います。

この解決には、各病院がもつ救急部門の運営を地域医師会も交えて一本化するくらいの構想がないと打破できない状況にまできているのかもしれません。

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