10/06/26 10:57

水の電気分解

 

わずか、半月でバッテリーが死ぬ。

どうも電装系のトラブルらしい。

バッテリーが死ぬわな。

だって、液が半分以下になってるもんな。

とりあえず、蒸留水を満タンにいれて

知り合いの車のバッテリーとジャンプケーブルでエンジンをかける。

どうも過充電で水の電気分解装置になってるみたい。

この時代の車の電圧レギュレータは機械式で(J56もそうだけど)

オルタネーターの発電には必要なときフィールドコイルに電流を流して発電し、

不要なときは電流を切って発電しない方式だ。

レギュレータの中身が機械式なので動作しないと

発電しっぱなしか発電しないかのどちらかになる。

(両方経験済み)

まあ、症状がでたら棒でレギュレータをひっぱたけば直る!

部品交換も簡単だし。

でも、当時は原因が全くわからず、何度も蒸留水を入れていた。

でも、すぐに駄目になる。

当たり前だ!直していないんだもの。

エンジンさえかかれば、どうにかなるとそのときは考えていた。

その後、命に関わる重大なトラブルに見舞われる、、、。?

 

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10/06/24 10:57

ブレーキランプは赤く光るもの。飾りじゃないのさ。

J3Rの写真は無いのでJ56で想像してください。

J3Rのヘッドライトのハイ/ロー切り替えは足下のスイッチで切り替えます。

昔はそーだったみたい。

まあ、面倒だけど対向車なければハイビームでもノープロブレム。

さて、鎌倉帰還後、知り合いがブレーキランプ点かないよって。

これは、まずい。

昼間でも追突される恐れがあるし、ヘッドライトより重要だろう!

この時、すでにウィンカーは点滅せず、

ウインカーレバーでON/OFFして点滅させればどうにかなるな。って状態。

調べると電球は問題なし。

どうもスイッチがだめになっているみたいだ。

そこで、ブレーキペダル上にスイッチを新設し(バネでもどるタイプ)

1.ブレーキペダルに輪ゴムをひっかける。

2.輪ゴムの反対側を追加したレバースイッチにひっかける。

3.ブレーキ配管のセンサーの配線をレバースイッチと接続。

4.輪ゴムのながさを調整。

という、いい加減な方法で修理する。

うーん。点けばいいかな。

で、さらに不幸が訪れる。遠く無い将来に、、、。

 

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10/06/23 10:03

機械は必ず壊れます。

写真はJ56でJ3Rの写真はない。

(青いボディに金のホイールと白いベストップでロールバーと機械式ウィンチ付きであった)

まあ、似ていなくもない。(一般論です。フツーの人にはJEEPでしかないだろうし。)

さて、J3Rを買って初めてのGW。

当時、鎌倉に住んでいたので新潟に帰省しようと考えるのは自然な流れ。

ただ、昭和43年式のしかも、買ったばかりで素性の知れないポンコツで

片道400KMを走りきれるのか?少々、疑問ではあったが若いし深くは考えない。

当然、JAFなんか知らないし。

ただ、当時はクルマは結構壊れて道で放置してあるのは普通のことであった。

友達もアクセルワイヤーが切れたり、クラッチバラバラとかよく耳にした。

関越自動車道は高崎の辺までしかなく、三国峠を越えて帰省することになる。

どうにかなるだろうと思って、夜出発したが、、、。

あーーー、片方のヘッドライト(ロービーム)が切れたな。

ハイビームにすると両方付く。まあ、いいや。

たぶん、寿命だろう。帰ったら直せばいいな。

帰りは昼間だし。

昼間はヘッドライトのことなんか全く忘れていた。

何日かたって、鎌倉に戻る際、知り合いの練馬で一泊。

その日の朝、J3Rをみるとヘッドライトが点滅している。

なんと、ヘッドライトスイッチの下から火花がパチパチ!

でも、配線をいじったら火花が消えたし、

知識のない僕には、ちょっとは危ないとは思うことはあっても”どうにかなるさ”って程度であった。

問題は、バッテリーで、あがってなければいいなと。

セルを回せば、ちゃんとエンジンがかかった。

で、鎌倉へ何とか無事に帰ってきたのだが、、、、。

これからは、トラブルが続く。

人の不幸は蜜の味だが、自分の不幸はMの僕にも蜜の味??

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10/06/22 13:11

三つ子の魂は百までとか

自分で初めて買ったクルマってなんだろう?

僕の場合は、HONDAライフ360DX昭和44年式。

360CCですよ。

でも、DXってついたからキャブは2個付き。

ツインキャブですな。

当時、僕は20歳。

価格は11万。

確か、解体寸前のポンコツで 4本とも違う銘柄のタイヤがついていた。

 DXだから10000回転フルスケールのタコメーターがついていたなあ。

本気で10000回転回ってびっくりしたっけ。

エンジンはHONDAのホークみたいな2気筒だった。

ただ、こっちは水冷。

冬の山へ行くとサーモスタットがないせいか冷却水が冷めて暖房が効かなくなったっけ。

そのうち、マフラー(センターパイプ)に亀裂が走って空き缶と針金で修理したりして簡単なメンテナンスを覚えた。

楽しかったなあ。

やっぱり、若者は貧乏で苦労してクルマとつきあうのがイイと今でも思う。

ライフは1年乗って後輩に2万くらいで売りつけた。

後輩は、マーク1のホイール付けて100キロ出たなんて喜んでいたのを思い出す。

さて、次のクルマがほしいのである。

 JEEPだった。

どうしても、MBがかっこよくてMBのボディを載せ替えるなら昭和51年以前のナローボディでなくてはならない。

J3RかJ52かJ54かJ58かJ56って選択になるのだが J3Rを買ってしまった。

昭和43年式。

ライフよりもっと古い。

このあと、単純な整備もできない僕の悲劇が始まる。

まあ、楽しかったけど。

苦労は、すればするほど、後になって楽しい思い出になる。うん。

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10/06/21 14:56

消滅

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