18/01/31 02:12

ロッド・スチュワート

このブログ、1月29日で3周年になりました。
最初のうちは慣れなくて大変でしたが、最近ようやく軌道に乗ってきました。
今後も皆様よろしくお願いします。

ちなみに、掲示板のほうは開設して10年ぐらいたちます。
http://bbs10.aimix-z.com/gbbs.cgi?room=torachan
掲示板のほうは画像も投稿できて、お気軽で楽しいと思います。
ご遠慮なくご投稿ください(^_^)/
Facebookもやってますが、そこまで手が回らなくてほとんど開店休業状態です。
ここの顔写真は大昔の物です(笑)
https://www.facebook.com/toshihiro.watanabe.9843

私がネットの掲示板などに出没するようになったのは、2000年のことでしたから、もう18年になります。
月日の流れは早いものですね。
最初の頃は天文趣味のサイトで、マニアックなレトロ天体望遠鏡の話で盛り上がっていました。

皆さんペンネームのようなものを使うので、本名ではいけないのかと思って考えたのがロッド・スチュワートでした。
長過ぎるので短縮してロッド。
これはロック歌手のロッド・スチュワートの事ではなく天体望遠鏡の愛称なんですよ。

野尻抱影という作家をご存知でしょうか?
大佛次郎のお兄さんで、星の本の著作がたくさんあります。
天文学の難しい話ではなく、星座や星の楽しみを広く一般の方々に広めた方です。冥王星の名付け親。
渋谷でプラネタリウムの解説員を長年務められました。

ちなみに、大佛次郎は猫好きで有名でしたね。
保護した野良猫は500匹にも上るそうです。

その野尻抱影氏が愛用の天体望遠鏡に
「ロングトム・ジュニア」
という愛称を付けたという話にあやかって、
私も自分のお気に入りの望遠鏡に
「ロッド・スチュワート」
という愛称を付けたのでした。

大変なレア物ですが、リサイクルショップでたったの980円で入手して、嬉しくて天にも昇る気持ちでした。
ネットで天文趣味の楽しい掲示板に巡りあったのは、ちょうどその頃でした。
分解して組み替えると、右のように小さくなって箱に収納できます。

この本には「5本のロット」という記述があります。
(これは正しくはロットではなくロッド=棒のことです)
それで連想したのが、なぜかロック歌手のロッド・スチュワートだったんです。

私の物は右側の天文雑誌の広告の物で昭和46年製50,000円ですが、もっと昔から製造販売されていて、昭和43年頃にデパートのメガネ売り場で見た記憶があります。38,000円でした。
三脚とか装備品が多少違いますが、基本的には同じ物です。

当時は子供が買ってもらえる「オモチャ」としては、どう頑張っても5000円が上限だったので、38,000円というのは雲の上の世界。
一見望遠鏡には見えないような、その奇抜なデザインには神秘性さえ感じました。

これは天文台の超大型望遠鏡を真似たデザインです。
専門家が使う機械なんだな、と憧れていました。
もっとも、こんな大型で複雑な機械は子供には無理だと思います。
全長120cm高さ160cmもあるので、ウサギ小屋と言われる日本の庶民の住宅では厳しい大きさです。
これを買った人は相当恵まれた環境だったのだと思います。
私もこれは普段は使っていません。三脚が長すぎて邪魔なので、短い物に交換しました。

リサイクルショップの店員もこれが望遠鏡とは思わなかったらしく、「望遠鏡としては使用できません」と貼り紙があって、それで980円という破格値だったのでした。
ですが、もしヤフオクに出したらどんな値がついたでしょう?想像もつきません。
商品知識の有無で差がつきますね。本当に掘り出し物でした^^¥

昭和43年頃にはもう日本も豊かになって、宇宙時代とやらのブームで天体望遠鏡が一種のステータスシンボルで良く売れた時代でした。
しかしブームが去った今では天体望遠鏡メーカーは、昔の20社から3社に減り、売られている商品も日本製ではなく中国製が多いです。

この望遠鏡が設計・製造されたのはもっとずっと前の事。たぶん昭和30年頃ではないか、と思います。
当時の日本はまだ戦後の復興途上で貧しく、趣味に多額のお金をつぎ込むなんて身分の人は本当に少数派だったと思います。
しかし、天体望遠鏡は当時月々何千台というペースで大量生産されました。対米輸出向けです。
輸出産業の花形だったらしいです。
当時は1ドル360円の固定相場でしたから、日本製品は海外では「安くて高品質」大好評で飛ぶように売れたのでしょう。

その「おこぼれ」が我々一般庶民に回って来たのは昭和45年頃からでした。輸出が売れなくなったので急遽国内販売を開始する会社が続出。
つまり輸出向けに作られた製品の「売れ残り」が国内販売に回されたようです。

で、その在庫がなくなるとモデルチェンジ。新しい製品にはあまり魅力を感じませんが、昔々の黎明期の製品は独特の強いオーラを放っています。
それは、戦前は光学兵器を作っていた人たちが戦後の平和産業に転身し、夢と希望をいっぱい込めて作った製品だからでしょう。
絵画や彫刻などは作者の名前が刻印されていますが、天体望遠鏡の作者は名前を表に出しません。いろいろと想像をめぐらします。

昔は長野県須坂市と中野市周辺には、零細な下請けのレンズ工場が多かったです。
プレハブのバラックみたいな工場もありました。
私の生まれ故郷にもレンズ工場があり、廃品になったレンズが裏庭に大量に捨てられ土に埋もれていて、まるで貝塚のようでした(笑)欠けたり曇ったりのレンズ。
中学生の頃、それを掘り出して望遠鏡を組み立てて月や木星を見たら結構良く見えました。
双眼鏡用のレンズだったらしいです。

中野市の親戚の子供がお世話になった託児所が「麓光学」でした。
そこへ行ったらビックリ!
上と同じ天体望遠鏡が道路に面したショーウィンドウに飾られていたのです!
という事は、そこで作っていたのでしょう。
東京のエイコーという会社の商品ですが、下請けが中野市にあるとは想像もしませんでした。
さらに、ネットで知った情報ですが「女研磨師」のテレビ番組を見たという人が現れました。
内職として自宅で望遠鏡の反射鏡を作っていたそうです。もちろん昔々の話たぶん昭和30年代でしょう。
望遠鏡の反射鏡は技術さえあれば機械などの設備はあまり必要なく、家内制手工業で作れます。
その「女研磨師」がその後は託児所をやっていた。なるほど話のつじつまがが合います。

話をロック歌手のロッド・スチュワートに戻しますが、
私はとくに彼のファンではないのでよく知らず、アメリカの人と思っていましたが調べてみたらイギリスの人でした。

長身でカッコ良いのかと思いきや、実は背が低く、一説によると身長160cm程度だとか。
それでステージではいつも上げ底の靴を履いているそうです。
小柄で敏捷性が良いのかサッカーが得意で、少年時代はプロのサッカー選手を目指していたそうです。
墓掘り人夫などのバイトをした下積み時代を経て、歌手としてデビューすることができました。
1945年生まれ、ビートルズと同世代です。

 

厳しい寒さで窓に霜の花が咲きました。
神秘的な紋様ですね。昼でも融けず一日中こんな状態でした。
どれくらい冷え込んだのだろう?
外の温度計を見ていないのでわかりません。
ストーブのパワーが負けてしまって、夜中に室温が下がり続けたので、経験した事のない寒さでした。
過去の最低気温は−15度でしたが、もっと下がったのかも。
通常でも毎晩−12度、その程度ならこんな事はありません。

酷寒の季節にビールを飲むのもオツなものです(笑)
去年Gaviちゃんにいただいた物、大切にとっておいて今頃飲みました。ありがとうございました。
香料が絶妙にブレンドされたオシャレな味でした。
軽井沢ヤッホーブルーイングで作っています。

高原花豆をご存知でしょうか?
冷涼な気候で育つ美しい色の大きな豆です。地元産を直売所で買いました。
一晩水に漬けたら水を吸ってさらに大きく膨らみました。
これは良質!

ストーブの上でフタに重しを載せて簡易圧力鍋。
料理酒を少々、柔らかくなってから砂糖を入れて、
熱したり冷ましたりを繰り返して、2日後には照りのあるふっくら美味しい煮豆ができ上がりました。
まさにスローライフ・スローフードです。
この煮汁をお湯で薄めて飲むと、すごく美味しいです。
緑茶で割るとさらに美味しい事がわかりました。

白菜など野菜が高騰しています。
去年の長雨のため不作だったそうですが、道の駅では普通のお値段です。
巷では400円とかいう話を聞きますが、便乗値上げでは?

出来損ないの小さな白菜が2個で130円でした。これで十分です。
外側から1枚ずつはがして大切に食べています。
道の駅の良心に感謝です。

 

トラちゃんはいつも気持ちよくお寝んねしています。
両手をギューっと伸ばしたこのポーズが好きです。

写真を撮られているのに気づいて、今度はクルクルっと丸くなりました。

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18/01/26 00:56

レトロカー

雪にとざされた冬の間はとかくネタ切れになりますが、
そういうときはこんな話題も。
一部かなりマニアックな話題もあるので、興味のない方は斜め読みで飛ばしてください。
※先日、草津白根山が噴火しましたが、右上の写真の左端のピークです。長野・群馬のちょうど県境に位置しています。

先日なっつばーさんのブログ(犬族・猫族・大家族)
に珍しいスポーツカー(マクラーレン)の目撃談がありました。
自分でそういう車に乗るのは不可能ですが、見て楽しむのは好きです。
高価な車でなくても、昔の珍しい車も面白いです。
しかし、出先で故障して止まってしまったら大変!
10年前まではそういう車に乗っていましたが、普段からよく点検整備していたので出先で止まったのは2回だけでした。
2回とも大した故障ではなく、自力ですぐに直せました。
(昭和47年日産スカイラインGTX;通称ハコスカ)

今はもう自分でマメに点検整備する気力がないので、怖くて乗りたくないです。
それで軽トラを新車で買ったんですが、期待に反して故障が多く、出先で止まって救助を頼んだこともあり、一昨年は修理に30万円もかかったし、昔のスカイラインのほうが優秀だったなぁ・・・と痛感しています。
妻の車も新車ですがよく故障しました。それで別のメーカーの新車に買い換えたんですが、先日スーパーの駐車場で動かなくなり、救助を頼みました。
最近の日本の工業製品は質が落ちているような気がします。
不祥事も多いですしね。
ああ、昔は良かったなぁ・・・

この場所に来た最初の頃の写真です。
まだ庭は整備されていなくて木や草が茂っていました。

この車は中古で買って、家の庭(借家でした)で古い塗装を全部はがして錆も完全に削り落とし、自分で塗装し直しました。
板金塗装工場で働いていた経験を生かしましたが、雨が降って来たら作業中断、少しずつなので完成まで4年間もかかりました。
ドアの内側や床、天井裏、下回りも全部サビ止め塗装しました。
足回りやブレーキ、ミッション・クラッチ・エンジン回りも一通り手を入れました。
自分でやったので材料費だけで格安にできました。
業者に頼めばすごい金額(100万以上)になるし、歩留まりの悪い仕事なので引き受けてくれる業者はほとんどありません。
また、それだけの技術を有しているかも疑問です。

その後車検を取って10年間愛用していましたが、山へ引っ越すことになって雪道が危険なので四駆の軽トラに乗り換えました。昔の車は雪道に弱いんです。

 

同じぐらいの年代のブルーバードを見かけました。希少車です。
綺麗に再塗装されて大切に保管されていました。
この色は良いですね〜♪なんだか夢があります。

スカイラインはGT(グランドツーリング)ですが、
ブルーバードはSSS(スーパースポーツセダン)
夢のある面白い名称ですね。
ブルーバードはスカイラインに比べるとボディは一回り小さく、エンジンも小さいです。
乗り味もスカイラインは重厚、ブルーバードは軽快です。

今の車に比べると性能的には低いですが、意外な事に燃費は結構良いです。ハイブリッドカーは別として、燃費性能だけなら昔も今も互角かも。
(カタログ値はまったく当てになりません!実用燃費で比較)

ブルーバードは「スーパーソニックボディ」
と呼ばれ、当時として初の”三角窓”がない車でした。
昔の車はエアコンが無かったので夏は猛烈に暑く、
前の三角窓を半分開けて外気を積極的に流入させたのでした。

もっと古い、昭和30年代と思われるブルーバードもありました。これには三角窓がありますね。
これは単なるオブジェとして道端に”展示”されています。もう何十年も国道沿いのこの場所にあります。
お洒落なホワイトリボンタイヤが時代を感じさせます。
今の軽自動車ぐらいの大きさです。昔の人は小柄だったし、道も狭かったですからね。
こんなに古いと自分の記憶にはない時代です。小学生の頃にはもう古くて見た記憶がありません。
あまり興味が湧いてきません。

ですが、これは宮崎駿の世界ですね♪
これが日産車ですか?
英国のローバー・ミニに似ていて可愛らしくてお洒落な車だと思います。
黒でなく赤のピカピカに塗装して女性が乗れば、とても良い感じ。パステルカラーも似合いそう。

 

免許を取って最初に乗ったのは友人から5万円で譲り受けたトヨタカローラ。昭和46年型1200ハイデラックス。
デラックスというのは、実は言葉とは逆に最低グレードなのです(笑)
これの最高グレードは高価なスポーツモデルで「レビン・トレノ」
馬力がありすぎて暴れ馬のような車だったという話で「ジャジャ馬レビン」と呼ばれていました。
今ではほとんど残っていないでしょうけど、もしあれば凄い希少車で超高価だと思います。

私のは事故車だったので、ハンドルがガタガタしてまっすぐ走ってくれなくて怖かったです。
しかし加速が良くキビキビ走ってエンジンは優秀でした。
何十年も後で初めて知りましたが、これはトヨタの傑作と言われ大変評判が良かったK型エンジンなのでした。
昭和50年代のKP61スターレットは峠のドリキン(ドリフトキング)と異名をとり、
外観は主婦が乗るお買い物車ですが、中身は凄いスポーツカーでした。
それでローリング族御用達でした。つまり警察にはマークされていた車種(汗)
ヨーロッパの狭い石畳の道をすごいスピードで駆け抜ける、過激なCMがありました。
残念ながらその車の写真はありません。友人が乗っていました。
一度は乗ってみたい車ですが、今はまったく見かけません。
ローリング族に乗り潰されたのでしょう(笑)

後ろにある赤い車は日産パルサーだと思います。これは昭和50年代の物。
ヨーロッパでは今でもパルサーが販売されており、先日Pilさんが購入されました。とても快適だそうです。
名前は違いますが、日本で販売されているNOTEと同じ車だそうです。
NOTEは日本では今大人気のコンパクトカーです。
これも歴史に残る名車。40年以上の歴史があるんですから大したものです。
初代はチェリーという名称でしたがパルサーに改名されました。60年代に英国のローバー・ミニを模範にして作られた先進的なFF(前輪駆動)のコンパクトカーでした。
日産の当時のこの技術にトヨタが追いついたのは10年後でした。
今ではどのメーカーも差がなくなっている感じです。

 

こちらは縦目グロリア(通称タテグロ)昭和44年頃のモデルだと思います。
まるで外車のように見えますね。大変な希少車で、あるお店から今売りに出ています。
昭和40年頃プリンス自動車が日産に吸収合併されましたが、グロリアとスカイラインはプリンス自動車の製品でした。
上に書いたチェリー(パルサー)もプリンス自動車が設計した物です。

皇室御用達の高級車は特注でプリンス自動車が作っていました。グロリアはその系統です。
当時「技術の日産」を支えていたのはプリンス自動車出身の技術者たちでした。
戦時中は軍用飛行機を作っていた彼らが、戦後は平和産業に転身したのでした。

 

トヨタクラウン(左)
昭和40年頃のモデル。放置され朽ち果てて土に帰ろうとしています。
この次のモデル(昭和46年頃)は「クジラクラウン」と呼ばれ鯨に似たダイナミックな曲線美でした。私が一番好きなクラウンですが、残念ながら写真はありません。
どこかに昔の写真があるはずなので、見つけたら後日UPします。
スバルレオーネ(右)
四駆の先駆けです。しかもエンジンはポルシェと同じ水平対向型。アメリカ映画にも高性能な日本車の代表格として登場しました。(この後の型ですが)
若い頃、車に詳しい友人に「中古車は何がお薦め?」
と聞いたら「レオーネは不人気だけど安くて高性能」
と言われましたが、あまりにもカッコ悪いのでやめました(笑)
それで少々高かったけど日産スカイラインにしたのでした。
その後レオーネはレガシィに改名され、今も大好評です。

 

日産フェアレディZ愛好者のクラブ。
私も入っていました。
昭和50年前後のモデルです。日本では少数派でしたがアメリカで大人気だったそうです。
見かけによらず遅い車で、スポーツカーとは言えない性能でしたが、改造すると凄い高性能になりました。
今でもマニアには大人気です。
何と言ってもエンジンの耐久性が良い。

これが私のZ。
2800ccのTバールーフ。昭和56年型でした。
新車はとてもじゃないけど買えないので、安い中古を買ったらひどい事故車でまっすぐ走りませんでした。
走行距離も改ざんされていたようです。
ですが、けっこう楽しめました。
スポーツカーというより、ゆったり乗れる高級車でした。ATでイージードライブ、アメリカンなムード。
屋根が開くのが良かったです。
大排気量なのに燃費が良く、遠出するとATなのに11km/Lも走りました。
故障が少なく維持費も安かったです。

Zの次に乗ったのが日産レパード昭和57年型2000ccターボ(左側のワインレッド。右側のは友人のZです)
刑事物ドラマに登場して人気なのは、この次のモデルです。

Zと中身は同じで性能も同じですが、4ドアで5人乗りです。
外観がデコボコで汚かったので15万という安さでしたが、すごく良い車でした。自分で修理し全塗装ピカピカに仕上げました。
高速道路ではまるで新幹線のような走りで、快適に遠くまで旅行に行く事ができました。
故障はほとんどありませんでした。燃費も最良。
ATではなく5速MTで運転が楽しめました。2速での加速感が素晴らしかったです!
アンバランスなデザインでかカッコ悪いですが、それが個性。
国産車ではなく外車のように見えますね。
カッコ悪い車のほうが飽きが来なくて愛着が湧きます。

 

こういう四角いクルマは今は見ませんねぇ。
昔は四角い直線的なデザインの車が多かったですが、今は丸い車ばかり。
左が日産スカイライン昭和55年型、右がセドリック昭和60年型です。
どちらも見かけによらず速い車でした。四角い4ドアセダンですが、スポーツカーのような性能なんです!
空気抵抗は最悪だと思いますが(笑)

とくに日産は極端なほど直線的なデザインでした。
最悪カッコ悪いのがローレルの昭和60年頃の物。ちょっと芸術的でした。写真がなくて残念!
上のスカイラインよりもっと直線的で角ばっています(汗)
内装も趣味が悪くて赤や紫のハデハデのシートはまるで「走るカラオケスナック」
友人(相撲取りのような体格の砲丸投げの選手で体育教師)が乗っていたので皆でバカにしました。
あまりにも似合っていたので(笑)
日産はなんであんな趣味の悪い車を作るんだろう?それで評判を落として、経営不振に陥りフランスのルノーに身売りしてしまったのでした。
先日同じ車が実際に走ってるのを見てしまいました(笑)色は白、ヘッドライトは大きな角目。お爺さんが運転してました。
カッコ悪いけど「いいなぁ」と思ってしまいましたよ。
カッコ悪いのが”粋”なんですよね。
八方美人的ではなく、アクが強いデザイン。
本物の芸術は古くなっても陳腐化しません。

最近の車のデザインは画一的で個性がなく、まったく魅力を感じません。
今の軽トラを一生乗りますΣ( ̄□ ̄;)//ェッッ!!?(爆)  軽トラなら四角いですからね(笑)

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17/01/24 19:48

昭和レトロの食品

雪の話題は疲れるので、もうお終いにします。
先日Gaviちゃんのブログに、
キリンラーメンの実物が登場しましたw(*゚o゚*)w
幻のラーメン(@_@;)
実物を見たのは初めてでした。
もうとっくの昔になくなったのか、と思っていましたが今でも健在なんですね。
ビックリしました (^◇^) 

長野県千曲市の片田舎に、こんな寂れたお店。歪んだガラスの反射光が時代を感じさせますね。

キリンラーメンって何物?
カゴメケチャップなら知ってるけど・・・
「千代田のソーセーヂ」
お店の奥に40年前の売れ残りがあるかも(汗)
ソーセージじゃなくて「ソーセーヂ」?
東京で「有楽町ビルヂング」って看板を見たことあるけど(笑)

このお店の近くに、
北限の節分草が咲く山があります。
関西には多いらしく、節分の頃にはブログや掲示板で良く見かけます。
オオイヌノフグリのように小さくて可憐な花です。
長野県では1ヵ月以上遅れで3月中旬です。
このときはまだ残雪がありました。
遠かったけど、数年前に見に行ったときの写真です。

 

キリンラーメン
http://kirinramen.jp/

キリンラーメンは一時廃版になったそうですが、
その後復活し、最近はマツコデラックスの紹介で大人気なんだとか。
愛知県碧南市で作られているローカルな食品です。
碧南は昔行ったことあります。
海辺の小さな街。
東京の光学メーカーで働いていた頃、小さなカメラ店へ売り込みに行きました。
交通の便が悪くて、半田からタクシーに乗って海底トンネルで。
交通費が高くて完全に赤字でした。

 

長野には「ポンちゃんラーメン」があります。
キリンにタヌキに、面白いですね(^◇^)
アライグマラーメンとかニャンコラーメンとかも、いいかもよ〜(≧m≦)ぷぷ

これもGaviちゃんご一家のお気に入り。戸隠へキャンプに来たときには必ず買うそうです。
私は小学生の頃はコレが主食のようなものでした(;゜ロ゜)エェ??(爆)
いつも30個入りの箱で買って食べていました。
全国どこでもあるのか?
と思っていましたが、長野だけでした。
味は明星チャルメラに似ていて美味しいです。

信陽食品のサイトへ行って、右下のタヌキのマーク「ポンちゃんラーメンプロモーションビデオ」
をクリックするとポンちゃんラーメンの楽しい動画が見られます。
http://www.shinyo-f.co.jp/

 

昭和のカレーと言えば、コレ。今でもスーパーでたまに見かけます。
「即席カレー」ですよ、即席!
この言葉、今では死語ですよね。
箱入りでなく袋入りというのが、なんとも昭和レトロ。
昔懐かしい家庭の味のカレーです。
今の基準でも、かなり美味しい。
ジャガイモ・人参などゴロゴロ入れたのが似合います。

子供の頃、昼ごろになるとラジオから聞こえてきた
CMソングが懐かしい。
皆さん、どなたかご存知でしょうか?
あの頃は「CMソング」なんて言葉なかったから、何て言うんだろう?
女性歌手の高い美しい声で「オーリエンタルカレー♪」って。
節回しは二葉百合子「岸壁の母」風です。古いなぁ〜

 

さて、昭和レトロというと
昔住んでいたアパートの近くにこんな食堂があります。
ン十年ぶりに行ってみました。
ソースカツ丼が自信作らしい。これを注文。
これが700円ならかなりお値打ちです。
しかし定食など他のメニューは1000円以上と高いです。

カツの下には海苔が敷かれていました。
昔食べた、故郷の須坂市のカツ丼と似ていて懐かしかったです。

店内には昔の写真。
左に見える車は?
トヨタセリカ! この型は昭和48年頃の物です。
スペシャリティカーの草分けです。
スペシャリティカーって何だ〜?これも死語だね(爆)
スポーツカーじゃないんですよね。
「遅いスペシャリティカー」っていう悪評の車もあったなぁ(≧m≦)ぷぷ

ちなみに「ハイオーナーカー」って言葉もあった。
これも、よくわからない。たとえばローレルとかマークIIとか。

右側の出前用バイクもレトロですねぇ。スーパーカブってやつでしょうか。
ソースカツ丼、味噌汁・漬物も美味しかったですが、その後また行って焼きそばとかラーメンとか食べたけど、味はちょっとねぇ・・・って感じでした。
老夫婦が趣味でやってるような食堂ですから、あまり過大な期待はできません。
静かで落ち着いた、くつろげる昭和の空間を味わっただけでも収穫でした。
何杯でも自由に飲める緑茶は、とても美味しかったです。

 

こちらはかなりマニアック (@_@;) 
さすがの私も入る勇気がありませんでした。
この階段を上って行くと、囚われの身になって帰れなくなるかも、って思いません?
床がヒビ割れて寂れたショッピングセンター内の古い喫茶店。
数年前、故郷の須坂市へ行ったときに見つけました。
今もあるのかな?
思い返してみれば、私が子供の頃からあったような・・・

合成着色料で真っ赤に染まったチェリー(~_~;)
合成甘味料の「チクロ」なんかも入ってるのかな?なんて。
チクロって昭和40年代に使用禁止になったのを覚えています。
ちなみに、チクロって砂糖よりずっと旨いんだそうです (°◇°;)

右端の「今話題のナタデココ」って?(;゜ロ゜)エェ??
これが流行ったのは30年も前だったと思うけど。

他のお店はシャッターが閉まって、開いているお店ごくわずか。廃墟のような雰囲気でした。
これは暗い心に唯一、明るいともしびを灯す一軒の喫茶店でしょうか?
店主は、暖かい心の魅力的なお人柄なのかも。
かなり興味シンシンです
でも、常連さんしか受け入れてくれないかもね。

 

さらに話が落ちます。
このお店(?)前を通るたびに気になっていました。

暑い真夏の昼下がり、ここでガラスビンのペプシコーラを立ち飲みして生き返った気分になった人も多かった事でしょう。
ここは長野市郊外。私の祖父が魚屋の小僧だった頃、行商に行った地区だそうです。
当時からあったお店かも?
勿論当時はペプシなんてなかったですけどね。
三ツ矢サイダーはあったかな。

このお店、最近取り壊されてしまいました。
寂しいです。
私がここを借りて、レトロ天体望遠鏡ショップなんてやりたかったのに(^_^;)

 

もっとすごいのは、これ(^_^;)
須坂市のこの食堂は昔よく行きました。
いや、最近も何度か行きました。
こんなボロボロの看板でもちゃんと営業していて、焼きそばやラーメンがとても美味しい人気店だったんですよ〜(^◇^)
安くて大盛りで美味しくて!申し訳ないくらい良心的。

でもマンガ本読みながらゆっくり食べていると、
「兄ちゃん、のびたラーメン好きなんかい!」と叱られました。
でもね、マンガ本が本棚に何十冊とあったんですよね。

去年また行ってみたら、もう閉店してすっかり綺麗になってしまっていました。
一時期、後継者のような若い人が働いていたので期待していたのですが。
どこかへ移転して、今もやってるかもしれません。

お店がなくなって、よくよく見ると、
この長屋造りは文化遺産なのかもしれません。
「蔵の街」「蔵シック」と言って、須坂市は古い街並みやレトロな物を大切に保存して町興しをしています。

 

トラちゃんは、今回はお休み。食欲旺盛で丸々と太って冬眠中ですzzz

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