17/01/26 23:10

土谷古老語り

1月12日ころからの雪はほぼ休みなく2週間近く降り続き、昨年に続く寡雪かと思われた冬は見事に大雪となった。

雪はこの雪国だけではなく、鳥取、岡山などで立ち往生する車が長蛇の列となり復旧には何日かを要した。

 

そんな大雪の中、わが土谷地区ではお年寄りを囲んでの昔を語る会が開かれた。

 

土谷地区を中心とした子育て世代のママさんたちが組織する「つなぐ会」。それと「ひなたっ子の会」。

この人たちは年に何度かいろいろな企画をしているが、今回は初めての「古老語り」と言ってもいいのかな・・・

 

 

さすが女性が多い会は自然とたくさんのごちそうが並ぶ。

 

 

コーディネーターがひとつづつテーマを示し、それについてみんなで語る。

年寄りに昔話、それはさながら鬼に金棒。集まった聞き手は若いだけでなく、他所から来た人が多い。昔の不思議とも思える話にカルチャーショックを受けたことだろうか。

 

例えば「冬の学校、どうやって行ったか」

今とは通学区も違い、車もなく、というか冬は道もなく、濡れない衣服もない。

更に今は絶えて消滅した集落もある。

親たちが朝早くカンジキで道踏みをして、といっても男衆は酒屋奉公でいない。かあちゃんたちがえらい目にあった。

 

などと老人たちが語る。

私の子どものころはそんな状況であり、子どもだったからその苦労は知らないが、景色は見える。

 

おそらくお年寄りがいくら言葉をつくしても、伝わるイメージは経験した人と聞くだけの人とではまったく違ったものであろう。

でもそれはいつの時代でも同じ。間違って伝わったり是正されたりしながら、実は若干違うものが言い伝えられてきたことだろう。

 

人の話など退屈なものだが、それを敢えて聴こうとする姿勢に彼女らのこの地で生きる意気込みを感じる。

お年寄りを敬い、子どもたちに未来を示す重要な感度を培ってくれることと感じる。

かく言う自分はただ毎日だらだら過ごすだけ。

がんばらなきゃ。

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17/01/15 23:15

冬が来た!

2014年2月は関東圏各地での大雪のためライフラインが止まった。


この画像は富士山と大雪に包まれた甲府盆地。

 

さて年が明けてもなかなか雪が降らない今冬、1月12日頃からようやく降り始め週末は猛吹雪に。

その大雪の週末、高森町とのスキー交流会。

雪国に暮らしても、いや雪国に生きるからこそ吹雪の外活動はありがたくない。という状況の初滑り。

でも子どもたちは元気、吹雪であろうがなんであろうがこんな大きなスキー場へは来たことがない。ことあるごとに自分たちがスキー教室で行く駒ケ根スキー場と比較していた。

 

しかし大雪、少し雪の深いところへ行くと彼らは動けなくなる。

緩やかな斜面では雪が深くて滑らない。先に誘導してコースを作りそのシュプールをたどるよう指示。しかし最後尾の彼はうまく歩けない。

スキーのトップを雪に刺してしまって動きがとれなくなる。そこで今度は後方に回りその子につく。

体重を後ろにかけてスキーのトップを上げろ、と何度言っても彼のスキーはトップが刺さり、テールを持ち上げて脱出しようとしている。挙句の果てに転ぶわ、板ははずれるわの大苦戦。

雪になじみのない子どもというものはこんなに物わかりの悪いものかと学習させられた。

 


夜、宿から眺める外の雪景色。吹雪は一層勢いを増している。

 


夕食後、ナイター照明を一部点けていただきそり遊び。

大人たちは震えあがっているが、子どもたちは大はしゃぎ。

 

二日目は天候さらに悪化、一部のリフトやゴンドラが動かない。ピステンで踏んだ後の積雪も多く、自分のような下手くそでも新雪にシュプールが描けるベストコンディション。しかしヤツラはそんなわけにはいかない。

それでも何とか滑れそうなところをあちこち連れまわし、充分に満喫してくれた様子。

特に一番出来の悪かった、新雪の中で苦戦していた彼が「来年も来ます!」といってくれたのはうれしかった。

 

さて一晩放っておいたわが家。妻がスコップで道をつけてくれてあった。

大きい除雪機を持ち出して今季本気除雪。

ようやくいつもの冬の様相となった。

 

少しの雪なら自分の17馬力の除雪機を使うのだが、本気モードだと村の26馬力を持ち出す。

その威力はけた違い。1mの積雪も屋根雪もたちまちなくなる。


村の除雪機。平成4年式の古い機械ではあるが機械は快調♪

除雪機を使っていつも不思議に思うこと。どんな大きな重機を使っても雪は数m移動するだけだが、除雪機は雪がその場から消えて無くなる。あの雪山はどこへ行ってしまうのだろう。

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17/01/08 21:53

年末年始に

 この年末年始、いろいろなことがあった。

12月22日の糸魚川の大火。復興には何年かかるのだろう。

 

以下facebookに載せた記事もいくつかある。

クリスマスに母に本を一冊プレゼントした。

新潟の豪雪地帯松代町。数回行ったことがあるが小谷をはるかに凌ぐ豪雪であった。

この町のある分校で入学者0の年、子どもの代わりに牛を3頭入学させたというのが話の始まり。

ひとりの女の子がこれをきっかけに獣医にまでなるという実話。映画では日本中で公開されているが、問い合わせたところ当分DVDで販売する予定はないというので本で買ってみた。

母はさぞ喜んで読んでくれるかと思いきや、本よりも私が自分のために買ってきた安いキーボードが気に入った様子。

私が音楽をやるのは間違いなく母の血である。音楽好きな母は幼少のころからハーモニカを教えてくれ、私も小学校に上がるころには簡単な曲なら自由に吹けるようになっていた。

母がキーボードで真っ先に弾いていたのは「港」。♪空も港も夜は明けて〜

その後も思いつくままに弾いている。

 

そして平成28年は暮れ、新たに平成29年が明ける。

 

雪のない冬である。

昨年の寡雪に驚いたと思ったら今年はさらに少ない。年が明けても降る気配のない空にスキー関係者は青くなる。

 


新年会の公民館よりの画像。春である。

 


年が明けて、珍しく全員そろった子どもたち。

 

正月、福井へ立つ子どもを糸魚川まで送ったついでに、久比岐サイクリングロードをランニング。

焼山、火打山が見える好天。

しかし、食べすぎと風邪で不調。15kmで動けなくなりタクシーのお世話になる。

 

その帰り道のことだった。

何度もケータイが鳴るのでクルマを止めてかけなおしてみると友人の声。「いい話じゃねえぞ。Sが死んだ」。

一瞬唖然、早速関係者にきいてみると、Sは元旦に地区の新年会に幹事として出席、その夜は普通に帰宅し、次の朝自宅のトイレで冷たくなっているのを母親が発見したのだという。死因は心筋梗塞だとか。

翌日同級生3人でお参りに伺った。

そして1月7日、葬儀が執り行われた。小学校時代の先生と同級生10人ほどが参列、その夜は大町温泉郷でお斎同級会となった。

そんなことで友が集まるのはありがたくもない。自分たちまだまだ若い、逆縁の不孝だけはしてはいけないのである。

 

訃報を聞いた2日後、久しぶりの吹雪の中を白馬で走っていた。ようやく正月の不摂生も解消されてやや体調がよくなっていた。

12km地点手前、後ろからクルマが来た。さりげなくよけて走り続ける。そのとたん!

左足が雪で見えなくなっていた段差を踏みはずし、その場で猛スライディング。

体中に激痛が走った。痛くて動けない、その横を当のクルマは走り去る。

道路はちょうど直線になったところであり、よけたのは車道から少しずれていたので轢かれる心配はなかった。

挫いた左足、したたか打ち付けた右ひざ、持病の腰痛も転んだショックで激痛、立ち上がるまでには数分かかったか。

しばらくゆっくり歩いてみる。500mほど歩いてなんとか小走りができる程度になった。

しかしその晩から左足首が腫れて1週間程度の休養が見込まれた。Sに言われたような気がした。「俺の喪中だ、おとなしくしてろ」って。

松納めが終わり、今年が稼働し始めた。

いろいろとやりたいことがあり、身の振り方も考えてみる。が、大事なのはこの冬の過ごし方。

夏場は追い回されて忙しいので冬は休養期間とする考え方もあるが、それでは何も変わらない。

でもそう思いながらまた何も変わらないまま春を迎えるのかもしれない。

がんばれ、自分!

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16/12/25 20:53

きのこ植菌-年末編

12月22日の糸魚川の大火災、焼け出された人々を思いながら迎える年末。どこで新年を迎えるのだろう。火元となったラーメン屋さんはいたたまれまい、賠償したくとも150軒もの喪失家屋や文化財の賠償ができるはずもない。これからどうするのだろう。お役所をはじめ、あらゆる機関は正月休みはなしだろうな・・・

みんなが辛い年取りとなった。察するに余りある。

 

今年も雪が少ない。もしかしたら去年より少ないか。

さて24、25日はキノコの植菌。

畑の邪魔だったクルミの木を切ったのでそれになめこを植える作戦。準備した駒菌は5,000個。

土蔵の庇にストーブと小さなテレビ。ご機嫌な仕事場である。

 

終わってみたら駒菌が2000個余ってしまった。かなり細かく打ったから木の量は4石というところか。

まだまだ畑のそばに邪魔な木があったので雪が少ないのをいいことに木こりに出かける。


ついでにちょっと水路修正。道を流れる水を安全なところで路外に誘導しないと地滑りを起こす可能性がある。

 

クルミを切った。意外と太い!

切ってみてびっくり。

水!蛇口をひねるほどの水。

これから極寒の時期に向かうというのに、この水の上がり方は春ではないか!

おそらく今年の暖冬のなせる現象なんだろうが、いずれにしてもこれではキノコの原木にはならない。水が枯れるまで枝をつけたまま放置するしかない。

 

あきらめてナメコの榾木の雪をはらってみた。

真珠があった♪

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16/12/19 22:01

奈良マラソン

奈良マラソン、と思いきやいきなり清水寺。

ここは京都の嵯峨嵐山駅の横にある日本一?のジオラマ館。将来ジオラマで身を立てたいと願う身は、関西へ行くならどうしてもここへきてみたかった。

確かに大きくて緻密で手の込んだジオラマだった。だけど自分の求めているものとはちょっと違う。

ということで早々に退散して奈良へ。

 


近鉄奈良駅から鴻池陸上競技場までは1km余り。観光もしたかったので貸し自転車を借りた。


ならでんフィールド(鴻池陸上競技場)。

マラソン前日の10日、土曜日。今日もな何か競技が行われたようだ。外ではたくさんのボランティアやメーカーやら飲食店やらが一大テント村を築いていた。

 

受付を済ませてマラソンよりも本来の目的であった観光に出かける。

中学の修学旅行以来の奈良、45年前のイメージを再現したかった。

 

先に本題。

奈良マラソン、コースはこんな感じ。鴻池から平城京、奈良公園、そして天理までの往復。

こちらに大会事務局で撮った昨年の動画があった。

 

一口で言って、とっても楽しい大会である。退屈しない、悲壮感もない、最後まで楽しく走らせてもらった。

自分が今まで出た14のフルマラソンのうち、最も楽しくて、最もきついコースであると断言できる。もっとも14といっても、ほとんどは長野マラソンで会場で数えるなら5か所しか言ってないけど(^^;)

 


まだまだ余裕。しかしここ一ヶ月まったく走れてなくて、みたとおり腹がこんなに出ている。

オールスポーツさん、ごめんなさい<m(__)m>


歩兵部隊(^^;)

 

天理教会ではぜんざいと吹奏楽で応援。ぜんざい、おいしかった。

同時に横で鳴ってるBrass!おう、これが普門館と甲子園で鍛えた天理高の吹奏楽か!と思ったら地元中学生だった。

しばらく走ればポチまんま(豚汁ぶっかけ飯)、しばらく走れば三輪そうめん、ほかにキャンディ、チョコレート、さらにあらゆるところで私設エイドがお菓子や団子まで配っている。

沿道の応援はオリジナリティがどこよりも強い。子どもからお年寄りまで自主的に応援しているのが伝わってきて、それがまたみんな明るい。

足の痛いのは気のせいです・なんてプラカードを掲げた女性がにっこり。

折り返して残り数km、奈良公園に入って来るとみんながおかえり!よくがんばった、もう少しだよ!って本当に楽しくて楽しくて。

コースはとんでもないけど、おすすめの大会である。

 


こういった撮影も高校生スタッフが抜け目なく声かけてくれた。

 


さて、土曜日の観光は。

まず、東大寺。


奈良ってわかりにくい。京都と違って多方向から入れるせいかな?

さすが東大寺は観光客でいっぱい。

しかし!これだけ人がいながら日本語が全く聞こえてこない。顔は日本人なのに言葉は不明。

大事な観光客なんだけど、なんかいらいらする。

混んでもいたので大仏殿はやめ。自分、こういう時は執着しないのである。

 


二月堂。ここも見たかったところ。

よかった。45年前と景色が変わってない。

 


若草山。上まで登ってみればよかったな・・・

 


猿沢の池と興福寺五重塔。

さすがにここは絶景だ。うっとおしい外国人もいなくていい感じ。

 


大仏プリン。なんか列になっていたので「地酒」というのを食べてみた。

こりゃんまいわ!でもクルマじゃないからこんな重いもの持って帰れない。

 

 

わずかの間の奈良。

古都の雰囲気は45年前とはずいぶん違うけど、今は今でいい街である。

また来られるかな。。。

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