11/02/25 23:11

ダイエットの記憶

しまった〜〜!!

自分でキリ番を踏んでしまった!

 

しばらく雪解けが激しかったけど、今夜は雪です。

 

2005年、年が明けて自分の体重はいよいよ増加激しく、食欲はそれに比例していや増すばかり。

過去何度も試みたダイエット。何を試しても有効だったものはなく、30年間に毎年500gずつ増えた体重はまさに“水を飲んでも太る”カラダを作り出していました。

このまま放っておけば、この身長で80kgを記録するのは時間の問題・・・

 

そこでかあちゃんが提案したのが、マイクロダイエット(宣伝ではありません)。

3度の食事の1食〜2食をこのマイクロダイエットに置き換える、というものです。

栄養条件はOKと感じましたが、ただし!絶対条件はそれ以上食べない!ということ。

意志を強く持つ!と約し、非常に高価ではありましたが始めてみました。

 

方法は、朝はしっかり食事をとる。夜は家族で食事をするのに1人だけスープ飲んでるのもつらいものがある、ということで昼食をこれに置き換えました。

しかし、広がりきった胃袋がスープ1杯で満足できるとは思えず、キャベツの千切りを併用しました。

すなわち、朝は通常の和食。

昼はマイクロダイエットのスープ&キャベツの千切り。

夜はカロリーを抑えた食事。

そしてここが勘所、間食をしない!

 

最初はやっぱりつらかったですね。

特に間食。甘党の私はお茶菓子などに手を出さないでいるのは結構ホネが折れました。

当然、職場ではわからないはずもなく、堂々とダイエットだ、と公開していました。

 

最初の1ヵ月、変化らしい変化はありません。以前はこの程度であきらめていたと思います。

当初、最高体重75kg。体脂肪率26%くらいだったと思います。

夜、やっぱり腹が減るのがつらく、見かねたかあちゃんはダシだけで煮たこんにゃくとか、カロリーの低い夜食を考えて作ってくれました。

 

2ヵ月目にはいるとだんだん成果が出てきます。

やがて70kg以下になると、ようし、第1段階クリア!と張り合いが出てきました。

それ以後はおもしろいように体重は落ちていき、春先には65kgを割り、体の軽さを実感できるようになると空腹が快感とも感じられるようになります。

ただ週末は飲み会やくつろぎタイムが多く、必然的に週末に向かって下がり、週末にちょっと上がる、という現象は仕方なかったですね。

 

4ヵ月、30年前の体重、体型に戻りました。感動です!

最大減少幅16kgくらい。体脂肪率も14%まで落ちていました。

朝目が覚めて、腹がペタッと背中にへばりつき、肋骨が浮き出ているのに快感を覚えました。

►若い頃の服が着られるようになりました(あったんか??)

►翌年から人間ドックがA判定になりました(以前はいつもD〜E判定)

►背骨がむき出しになり、寝転がると痛いです

►以前はドテッとしていたのが、軽くなってズクが出るようになりました。

 

そうするとだんだん欲がでてきて、昔のように走れるかな…20代前半に駅伝小谷チームに属していたんです。

練習不足の故障は知っていたので、最初は舗装道路を避け、中学のグランドの隅をトコトコと走らせてもらいました。

 

ということでランニングのはじまりはじまりぃ〜

また後日に

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11/02/23 00:08

ベルギー人が?

数年前のことですが・・・

休日の午後、家への帰り道、わが家の下で何やら人が集まってがやがやしていました。

何かな?と思って軽トラを停めてみると、外人が数人でスキーをしている様子。

わが家の下は30年以上前に大規模な地辷りがあり、そのときに地肌が削られてできた大きな斜面に雪崩防止の柵がいくつも取り付けられています。

それが手頃なミニジャンプ台の連続であり、彼らの目をひいたようです。

どうやってこんな山奥の場所めっけたんだか

私自身もここでスキー乗って跳んだらおもしろいだろうな、思うことはあっても怪我が恐くてやる気にはなれませんでした。

何度かスキーで下ったことはありますが、柵は避けて通っていました。

 

欧米人は陽気ですね。クルマを停めるとすぐにハーイ!と言って微笑みかけてきました。

滑る人が数人と、大きなカメラで写す人がいました。

ちょっと話してみて、どうやら英語圏ではない様子。

どうやって尋ねたのか記憶がありませんが、彼らの話によると白馬に滞在していること、映画を撮りに来たこと、ベルギー人であること、と私は理解しました。

 

クルマでわが家の方に上っていく彼らの後をついて私も家路をたどります。

わが家のそばからボードをはいた人が順に滑っていきました。イヤッホー!?と奇声を発しながら。

 

そろそろ日も落ちようとしていました。

 

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11/02/21 23:46

調布にて

青梅マラソン前日、この春から長女と長男が同居する予定になっている、調布のアパートを下見してきました。

そのあと、かあちゃん、娘と調布駅前で食事。

街頭には鬼太郎が座っていました。天神通り商店街の看板の上にいます。

自分ではどこへ行けばいいのか、見当もつかない都会。

そんな街の中を自在に動き回り帰って行く娘を見て、妙に年を感じる親父でした。

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11/02/09 00:00

人間ドック

日帰り人間ドック行ってきました。

 

胃カメラ! 生涯2回目。

あの太〜い管をを見ただけでゾワ〜ッとする恐怖感が・・・

口に入れられて喉までいったときに、すみませんっ!やっぱりバリウムにしますっ!!とオペレーターの手を払いのけそうになる衝動を必死でがまん

なんどかゲーゲーいいながら、それでも目は画面をしっかり見ていました。

 

ほかに脳ドック、胸部CTもやってもらって最後に先生の診断。

 

え〜と・・ん〜これもよし、あれもよし、それもよし・・・

よし!すべて正常値。何も問題ありません!

去年と同じお墨付きをいただきました

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11/02/07 21:55

Thank You Birthday!

画像は紛失してしまいまいたが…

 

自分の誕生日にケーキを注文しました。

お願いしたのは白馬瑞穂のRICCAさん。

ちょっとおしゃれで小さなケーキ屋さんです。

オーナーは名湯小谷温泉山田旅館のご出身。つまり、彼のお兄さんはかの有名スキーヤー(有名スポーツマンかな)の山田誠司氏。

 

わが家は3人しかいないので、小さなのを作ってもらいました。

去年から自分の誕生日の趣向を変えました。

無事、誕生日が迎えられることを感謝し、ささやかな気持ちをお返ししようかと…・・

 

この年になって健康でン10kmも走ることができるこの体と、音楽を与えてくれた母に対して。

3人の子ども達を健常に育て上げ、自らは多くの病を乗り越え健康体とはいえないのに、夜な夜な遊び歩いている私に理解を示してくれる妻に対して。

 

おふくろ!かあちゃん! ありがとう!

Thank You Birthday !

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11/02/01 00:56

sa・sarahの由来

sa•sarahはササーラと読みます(そう読んでください

ササーラの意味は・・私の住んでいる地域が笹原という地籍になります。

かつては4軒の集落でしたが、今は2軒だけ。 もっとも、行政区はもう少し大きな括りになりますが、まそれにしても10軒の集落です。

この笹原地区に住んでいる私と隣家を地域の人はササーラ、もしくはササラと呼ぶわけです。

 

さて、これをおしゃれな書き方とデザインにできないかな、と以前私の所属している吹奏楽団にいたデザイナーyukiraさんに相談しました。

そうしたら彼女が、人名サーラを英語で書くときに、sarahと書く場合があると教えてくれたのです。

じゃあsa•sarahにしようか、と軽いノリでハンドルネームを先につくってしまったのが15年ほど前のことです。

そのころ私はその時期に流行り始めたSOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)に心惹かれていました。

またまた軽いノリで、デザイン化しちゃえってんでyukiraさんにお願いして作ってもらったのがこのデザイン。

結構気に入ってます。あとは職種と知識と資金と人脈と収益性と将来性と社会貢献性と時間とズクがあればいつでも起業OK!

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