11/03/31 00:21
笹原尾根スキーエリア
わが家の下、「笹原尾根スキーエリア」に先日スキーに来た方が再度おいでになりました。
http://blog.valley.ne.jp/home/sasarahf/?itemid=21070
今度は少し時間があったのでお話させていただきました。
画像はいただいたものですが、強烈なテクニック!
ここはかなりの急斜面です。しかもコースとして整備されているわけではないのでランディングも安全ではありません。
この日は人と待ち約束があったので滑りは直接見られなかったのですが、こぉんなことしてるんなら連絡入れて時間ずらしてもみればよかった残念!
この次は来シーズンまでおあずけかな。
数年前のベルギーの方が滑ったときとは受ける感覚がグーッと違います。
http://blog.valley.ne.jp/home/sasarahf/?itemid=20801
隠れたスキースポットとして人気があるようなので、「笹原尾根スキーエリア」、私が勝手にそう呼ぶことにしました。
笹原尾根という地名はまんざら嘘ではありません。
家の前で写真を撮っていただきました。
FREESKI Pro Rider マコトTAICHOと。
こちらはTAICHOのマネージャー M!YAさんと。
来シーズンを楽しみにしています!
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11/03/30 23:34
ヒカリモノ
店に鮮度のよい鰯(いわし)が並んでいたので、買って刺身にしました。
ヒカリモノはイワシ、アジ、サバなど刺身でいただく青い魚の総称ですね。
包丁を使わない手開き。
見た目はよくないけど手開きは小骨の多い鰯には有効です。
腹に自信のない者は食うなと言ったら誰も手を出さず1人で食べてしまいました。
うまかった〜
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11/03/30 00:12
ダークダックス
ダークダックスの特集番組を見ていました。この人たちの歌うジャンルが好きです。
ゾウさんの笑顔、癒されますね〜。
吹奏楽を始めた頃、そのときの指導者Aさんは自由学園?で山本直純氏の同級生であり、彼に音楽の指導を受けたと言ってました。
Aさんの言ったこと。
「ダークダックスはなぜ売れてるかわかりますか?歌の上手い人はいくらでもいるんですよ。ただ、彼らはハーモニーとダイナミクスがすごいんです。」
あのときはふ〜んと聞いていたけれど、いまは少しわかるような気がします。
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11/03/29 02:01
お酒は睡眠薬
今夜は仕事関係で飲んでました。皆さん熱心!
飲みながらもずっと会議の延長から話題がそれることはなく、じじたちから老人パワーをいただいた思いです(^_^;)
帰って楽しみにしていた番組、日本の歌。
よ−し間に合った、あと10分、とチャンネルを合わせたのですが、はっ!と気づけばすでに3時間経過。
一曲も聴いた記憶がない、ということは5分もしないうちにおこたで熟睡してしまったようです。
あ〜しまった…録画しておけばよかった〜(ToT)
仕方なく、すごすごと…寝ますZZzz。。..
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11/03/26 23:14
小谷村 50周年
小谷村CATV2 地デジ 122
こんなチャンネルいつのまにできたんだろ?
通常の自主放送は地デジ121。
流れているのは、平成20年の小谷村50周年記念DVD。
せっかくだから少し引用してみよう。
昭和46年、小土山地辷りにより姫川がせき止められた。
この頃私は高校生。部活中に「小谷はすぐ帰れ!電車が動かなくなるぞ!」と言われ、帰った記憶がある。
画像は南小谷駅のすぐ前。
この橋は柳瀬橋。現在は駅前に斜めに架けられている。
人数の多さと、重機のない災害現場が時代を物語る。
30周年に行われたのど自慢大会。
このときの審査員は、各方面の音楽有識者があつまっていたが、「おたまじゃくし吹奏楽団」として私もその席にいた。
その真相はおたまじゃくし吹奏楽団の団長が、年長であり創立メンバーだった私に席を譲ったというところか。
また、山の音楽家のN先生も当時の南小谷小学校音楽教師として審査をされていた。
さすが小谷村選りすぐりののど自慢の人たち。みなさんホントに上手!
30周年記念雨飾山村民登山。
このとき母は、髄膜腫手術での半身不随から必死のリハビリで治した体で登頂を果たし、周囲の人を驚かせた。
平成7年豪雨災害。
小谷村壊滅とまでいわれたこの災害から完全復興までに5年間。
東北は何年かかることだろうか。
画像は北小谷。下は復旧後。
その後、画像左側の方に道の駅小谷が建設された。。
平成8年、蒲原沢土石流災害。
消防団として現場へ行き、その惨状に目を疑ったものである。
土木作業員14名が犠牲となった。
小谷村は地辷り地帯であることから土木作業員が多い。重機を扱う技術は自衛隊よりもはるかに優れていたのが印象に残っている。
工事発注者が国であったため、亀井建設大臣はじめ多くの官僚、東京消防庁、自衛隊、消防団などが24時間態勢で救出、捜索にあたった。
12月の災害であったが、消防団、警察による遺体の捜索は春まで続けられた。
ことに災害直後は再度鉄砲水が発生する可能性があったため、二次災害を防ぐための連絡網、合図、点呼などは徹底していた。
姫川の中を何度となく探したが、ケータイもあまり普及してない時代、無線機では距離が限られ、通信には非常に苦労した。
最近は日本各地で100年に一度というような災害が多い気がする。
そして今度の東北。
平穏にあってほしいと願うのは誰しも同じこと。
私もノミの心臓で祈るだけである。
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11/03/25 22:53
題名のわからない歌
クルマの運転をしているときや、走っているとき、頭の中で勝手に曲が流れ出すことがある。
帰り道、浮かんだのはかなり小さい頃からよく知っていた歌なんだけど題名がわからない歌。
► ふるさとの やさしいことばで
誰かが呼んでるわ でも私はゆく
いつかしら 空にみつけた
あの虹につづく道を 歩いてゆこう
太陽が背中を とおりすぎないうちに
友達と歌って 歩いてゆこう ♦
歌詞も曲もしっかり覚えているが、誰が歌っていたなんという曲なんだろう?
たぶん幼い頃テレビで覚えた・・・と思う。
とても懐かしく感じる歌のひとつである。
以前職場の宴会で、本会から少人数に別れて飲み始めた頃、この歌を歌い出した女性がいた。
これにはびっくり!
一緒になって歌うと彼女もかなりおどろいた様子。わからないものである。
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11/03/23 21:36
卒業式
富山に来ました。 今日は長男の大学卒業式。
富山名物、路面電車。
こちらでも熱心な募金活動。 会場内、いたるところで展開していました。
大学の卒業式ってこういう感じなんですね。 「学位記授与式」?
自分は大学行ってないし、長女のときは保護者は会場へ入れなかったので初めて見ました。
吹奏楽部後輩からの色紙と花をもらって気分よさそうです。
倅をここまで育てていただいた大学関係者やご友人のみならず、まわりの皆様には、本当に感謝します。
おめでとう!
帰り道、ちょっと道草しました。
通りすがりのガソリンスタンドの温泉?
こちらは糸魚川病院南側に開通している新しい道路と、新幹線のルート。
バックに青海黒姫山がきれいでした。
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11/03/23 02:10
長野マラソン
中止が決定したんですね。長野マラソンにエントリーできなかった私は、ひそかに同日開催のかすみがうらマラソンにエントリーしていましたが、そちらも中止となりました。
主催者、事務局各位の苦悩はいかばかりであったか、お察しします。
日常生活の中で走れることに感謝しながら、皆が晴れた気持ちでまた一緒に走れる日が、一日も早くくればいいですね。
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11/03/23 00:06
羚羊狩り
カモシカ狩り・・・?
特別天然記念物にそんなことしたら、お縄ちょーだいになってしまう。
仕事の途中の光景。
おんぼろのケータイ画像なので見にくいが・・・
道路のすぐ上にいたカモシカ。
そこに散歩中の犬が・・・勇猛果敢に?追いつめるか
シカし、カモシカにちょっと脅されてたじたじ…・・
今度はこっちから。
やっぱりだめだぁ。
犬の飼い主さんも戻ってこない犬に手を焼いたかな。このカモシカ、なぜかどこへ行こうともしない。
時間もないので結末は不明。
さらに途中、キジがばさばさと飛び立つ。
ふと思いついた。
犬?雉?・・・猿はおらんか、猿は?!
一昨日の下り坂ランで腿の筋肉痛が残る私めが、おこがましくも腿痛郎(モモタロウ)。
犬がいて、雉がいて、猿は後で出不足徴収するとして。
鬼は?
角があるのはやっぱりカモシカ?
うーん、角があるというだけで鬼にされたんじゃ、カモシカが怒るかいな?
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11/03/22 23:35
練習日♪
新しいネタを教わった。
いろいろな先生に教わって心にとまる一言はメモってるんだけど、また新しいの。
「日本の歌い方は母音を伸ばす。洋は母音を伸ばさない。」というもの。
先生、歌ってみせてくれた。
うuさaぎiおooいしiかaのoやaまaaaaという感じ。
今回の曲想は、それをせずにもっとあっさり吹きなさい、というもの。
うん、なるほど、これはわかりやすい。
今日もうひとつのポイントは、スラーの後のタンギングははっきりと。
これは名指しで指摘された。
「勘で吹かないで、そこはぴったり合わせてください!」
うん。満足満足。
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11/03/21 21:54
蓼科高校ジャズクラブ
昨日上田で行われた蓼科高校ジャズクラブのスプリングコンサート。
http://www.jazz-candy.com/index.php
スイングガールズのモデルになったバンド♪
行きたかったな・・・
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11/03/19 23:42
山の庚
山の庚、それとも山の講?正確にはわかりませんが、この辺では(日本中?)3月17日と11月17日を山の庚と呼び、山の神様を奉る意味で集落の人々が集まって酒を飲みます。
「山の庚荒れ」という言葉があって、この日は必ず悪天候になるという言い伝えがあります。
事実、3月17日、11月17日の日に天気がいいことはほとんどありません。
わが地区では、数年前から17日にこだわらず、その近くの都合のよい日に常会(定例会議)と合わせて行うようになりました。
そして、今日がその日。
皆が一重持参で集まり、酒を酌み交わします。
冬は不在の家庭があり、また都合の悪いひともあり、でこの人数。
しかし、各家庭のかあちゃん自慢の一重はみんなの目と舌を十分に楽しませてくれます。
また、小谷は杜氏の里。小谷出身の杜氏の仕込んだ美酒はまた格別です。
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11/03/18 20:11
いつものように
このブログにそう書いてありました。
http://d.hatena.ne.jp/urakov/20110317
まったくそのとおりですね。
そう言えるだけの自分を創らなくては。
いやその前。作らなくては。
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11/03/17 21:50
雄弁
何気なく地震関連のページをめくっていたら、こんなのを発見した。
今日から仙台に引越してきたよー?(^^)/ (地震当日)
↓
知識ないけど1人で車を成約してきた!^^ (地震2時間前)
↓
我が家は新築なんで無事でした (地震直後)
↓
死んでたまるもんか 家族全員無事で助かって見せる (地震1時間後)
↓
しにたくない (地震4時間後、消息を絶つ)
シンプルなツィッターの短文・・・・
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11/03/15 21:15
なごり雪
帰り道、降りしきるボタン雪を見ていたら伊勢正三さんのこの曲が浮かんできて、くちずさみながら帰ってきた。
避難所も今週は悪天候の模様。
日がたつにつれ、変わっていく報道内容。人間とは強いものだとつくづく思う。
今朝の大糸タイムス。
小谷小学校の浦野先生、先日スキーアーチェリー国際試合で見事優勝!
去年の長野マラソン50位。ありとあるゆる?陸上・雪上のレースを制する強者。
こんなすごい人が去年から小谷小学校にいると、私が知ったのはわずか半年前。
きっと小谷の子ども達に夢と希望と力を強く印象づけてくれることと思う。
先日、わが家の下にある雪崩止めの柵を目当てにまたまたスキーに来た人がいた。
五竜、八方をバックにパチリ!のつもりだったが光の加減で山は写らなかった。
2月の融雪で柵はかなりむき出しになり、要注意! 時間がなかったので詳しいこともきけず、滑りを見ることもできず残念。
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11/03/13 22:33
お蔭参り
一説によると日本では概ね60年に一度、数百万人の人間が動く祭があるという。
お蔭参りは、伊勢神宮に参詣する庶民の代表的な祭として、60年に1度行われてきたようである。
それが幕末は「ええじゃないか」に化けたのだろうか?
「世の中変わればええじゃないか 泥棒してもええじゃないか 間男してもええじゃないか 」というような歌を歌いながら、男も女も狂信的に踊り狂ったという。
これが1867年頃。
それから60年余り、日本は大きな戦争に国を挙げてのめり込んでいく。
1941年、太平洋戦争勃発。 今から70年前のことである。
♦ニュースをみていたら、アメリカのあるメディアによると、日本の耐震構造、丈夫な堤防、避難経路、日頃の準備や訓練が優れている、そのためにまだあれだけの被害ですんでいる、というような内容の記事があったようである。
♦従兄が水戸にいるが、今日ようやく一部電気がきた、と言ってた。経営してる会社はしばらく操業不可能だとも…。
♦専門家の話では、今後4日以内くらいに震度6クラスの余震が起こる可能性が70%という。
一刻も早い救出と救援を願うばかりである。
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11/03/12 21:45
地震 2
クルマのラジオでニュースを聞いたときは、地震か…・・くらいに感じていました。
まさか、ここまでの大災害。
被災者の皆様には本当にお気の毒なことです。
当然のことながら、本日のテレビ欄は空白です。
平成7年、豪雨災害では私も被災者でした。
規模は違いますが、被災者の気持ちはわかります。
最も情報が入りにくいのが被災者。
おそらく、いま太平洋側がどうなっているのかわからない方も大勢おいででしょう。
真っ暗な体育館に避難している大勢の方をテレビで見ました。
小さな子どもを連れたお母さんがいました。
空腹、寒さ、不安に耐えながら、そして家族の安否を思いながら、他の迷惑を考えて、子どもを泣かせないようにするのはどれほど大変なことか。長い夜であったことかと思います。
今朝はこちらの地震。
地震はきらいです。怖い。グラッと揺れると不安で吐きけがします。
寝ていられず、4時から起きて居間でテレビを見ていました。
今朝の地震で被害を受けた飯山地方、津南、松之山。
奇しくも私は昨日、飯山経由で十日町から松之山、松代まで行ってました。
松代では12,13日と 第24回 越後まつだい冬の陣. 「のっとれ!松代城」 という障害物レースを予定していましたが、地震のため昨日のうちに中止を決定しました。
一度、出てみたいなと思っていた大会です。
http://www.tokamachishikankou.jp/modules/gnavi/index.php?lid=326
まだ地震は落ち着きませんが、1人でも多くの方が救出されますように。
ご家族が無事でありますように。
1日も早い復興が成りますように。
病人の布団を剥ぐ手口の新手の詐欺が出ませんように。
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11/03/09 21:49
大雪の日に
午後から降り始めた雪は夕方に向かっていっそう、その激しさを増し、道に、建物の屋根に、見る間にその量を積み上げてゆく。
「さあ、えぶかい。えれえ雪だぜ」
「あーそーだの…明日にしるか」
外へ出てみてなんじゃこりゃ!
「おい、きかねえ気んなって降ってるじゃねえか」
「こりゃぁ、オラちゃっと帰らねえじゃ、クルマ登らねえよ」
前に1台、国道からそれて私の車を誘導するように県道を上っていく。
しかし、坂がきつくなると俄に遅くなる。スリップしている。
同じ四駆でも、後輪がモーターで駆動するタイプのクルマは駆動力が弱いようである。
そのクルマは、更に県道を逸れ、村道に。私と同じ方向。
なんだ、Tさんか。
しかし、村道に入る道が多少登りがきつく、クルマの通った跡がないためそこで止まった。
ならば、轍をつけて雪の抵抗を少なくすれば登れるかと、私が先に行く。
とりあえず上まで登って様子を見てみるが、Tさんは来る気配がない。
下まで下りてみた。
同じ場所でまだ苦戦している。
「だめかい?もっとあっちの方までバックしておもいっきり行ってみ」
ようやく登りはじめた。
しかし、途中でまたスリップ。
もう少し道を踏んでおいてやるか、と横をすり抜けて前を行く。後から登ってきたCちゃんがそれに続く。
Tさん、やっと登ってきた。
坂の途中で私に手をあげてあいさつしていく。雪道ではいちいち止まって礼を言ったりしない。再び動けなくなったら尚更迷惑をかけるから。
車庫の前でバックするとこんなラッセル。
ずっと春の天気だったのでちょっと新鮮
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11/03/08 23:59
「山の音楽家」練習日♪
Regular Concertの楽譜が全部揃った…らしい。
今後は毎回譜読みの練習かな?
今日は日本の叙情歌のメドレー。
真島俊夫氏の編曲は…ん~よく理解できない
4度の和音? 9度の和音???
ボクの頭はドミソの3和音しかわからんようにできているのだ。
先生は終始にこやかに、しかし妥協しない指導をしてくださる。
たまに有名指揮者や作曲家のエピソード、ご自分の体験などを織り交ぜて話ながら、みんなを引き込んでいく。
合唱団のチームも、この先生を求めているようではあるが、やんないもんね~
ランニングよりも一層練習時間を割いてない吹奏楽。
やってみたい難曲の夢はあれど、いつのことやら・・・・
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11/03/05 01:27
歌曲『智恵子抄』
「山の音楽家」の常任指揮者、長沢先生の歌う『智恵子抄』を聴いてきた。
高村光太郎の詩集『智恵子抄』。
高村光太郎が智恵子と結婚しその喜びの様、やがて智恵子が精神異常をきたし、亡くなるまでを書いた詩集。
正直言って先生のコンサートで聴くまでは、高村光太郎の詩集『智恵子抄』という題名は聞いたことがあっても、内容はまったく知らなかった。
八十二別館ロビー。
案内の中で、最後まで真剣に聴くのはかなり大変であるとの説明があった。
そこで二階席で先生の顔が見えないのをいいことに、最初から居眠りを決め込んだ。日頃、先生の指導を受けているくせにとんでもない奴である。
それが、不思議なことに先生の歌う詩が、清水脩の曲が、ピアノの伴奏、というよりも効果音が、実に素直に耳に入ってきて、あたりの風景や智恵子の表情が空想の中に浮かび上がり、あたかも高村光太郎と同じ体験をしているかのような感動があった。
先生の顔が見えないことで、ピアノを弾く指が見えないことで、雑念を覚えず純粋に「感じる」ことができたのかも知れない。
もしかしてこれが「芸術」というもの?
芸術とは見て、聴いて理解しようとするものではなく、感じるものなのか・・・
少し似た意味を持つのではないかと思われる曲、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を思い出しながら、至福のひとときを過ごさせていただいた。
長沢先生の声楽の恩師、岡部多喜子先生もいらっしゃった。(手前)
かなりのご年配だが、まだまだ元気でコメントされた。
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11/03/03 00:23
小谷温泉〜スキーの歴史・写真集
仕事の関係で小谷温泉に行ってきた…が、仕事とは関係ないハナシがほとんど
オーナーの山田誠司氏がいろいろと資料を整理してあった。
小谷温泉の先々代、誠司氏の祖父、山田寛氏は小谷・白馬のスキーの草分け。生前、私も多少話をきいたことがある。
まさにローカル大会の歴史! なんと昭和18年。
この一本杖スキー画像はは、レルヒ少佐が日本にスキーを伝えた頃からあまり時間のたってないもの。
小谷温泉の裏山からの画像。
山田寛氏と令夫人。
左から3番目、山田寛氏。
山田寛氏のスキー写真。
注目すべきは、踵の離れるスキーでこの動作と安定感。技術レベルの高さが窺い知れる。
山田誠司氏。
小谷村のキーマンとして忙しい日々の間に、こうして小谷温泉の嫡流として歴史を守り、育んでいる。
小谷温泉遠景。
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11/03/01 22:36
スマイル!
先日クルマ走らせながらラジオ聴いていたら、ランニングの話題。
語っていたのは増田明美さんかな。
レースで誰もが歯を食いしばるポイントとなるヤマ場や終盤、人は例外なく顔を歪め、息を切らし、必死で走る。
それに対して沿道からは「がんばれ!」とか、「あと少し!」などの声援がとぶ。
そんなときに、走る心情は「もうめいっぱいがんばってる。これ以上どうやってがんばるんだ!」というふうに感じた方も多いかと思う。
そんなときに「スマイル!」と声援を送るんだそうである。
確かに苦しいときにニコッとすればずいぶん気は紛れるだろう。ハイタッチと同じ効果で瞬間的に元気が出るかも。
今度レースに行くときは試してみよう。
走ってるときも、応援するときも。
本日はレペティション・・・というか根性なしが自然とそういう練習になってしまった、というのが本当。
でもレぺって効果ありそう。休めるのが魅力でトレーニングにも取り入れやすい。
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