11/10/15 23:39

南三陸町ホテル

被災地南三陸町のホテルに来た。

ホテルに入館と同時に♪信濃の国が!
聞いたところ、長野県のお客様が来ると♪信濃の国を流すのだという。
他の県は県歌があっても知っている県民がいないから長野県だけだとのこと。
ちょっと感動だった。


このホテルは被災地の中にあり、つい最近まで避難所だったとのこと。
広い窓からは被災地の景色がずっと見渡せる。


ホテルの窓、手の届くところにカモメ?がきて挨拶をしてくれた。

人に話を聞いてみた。
やはり被災地は情報がなく、一時期は日本が全滅したと思っていたとのこと。
その人は、自分が災害の全容を知ったのは2週間後のことだったという。


ここは地盤沈下がひどく、1メートルぐらい沈下していると聞いた。

見える景色はテレビに映るそのものだった。

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11/10/15 15:35

東北紀行- 中尊寺

東北に来た。
初めて足を踏み入れる岩手県。
奥州平泉では雨が上がり、曇り空。

中尊寺は奥州藤原氏の菩提寺。国宝、金色堂は金箔の建物の外側に保護するための建物を建ててある。
撮影禁止、人の波、ゆっくりと見ることはできなかった。

五月雨の降り残してや光堂ー芭蕉


奥州平泉といえば源義経。
平家の目を逃れて平泉にきた義経を藤原秀衡はあたたかく迎え入れる。

やがて鎌倉の挙兵に加わる義経は藤原氏の勢力を頼まず、木曽義仲を追い払い、平家を殲滅するも兄頼朝に疎まれ再び平泉に入る。

藤原秀衡亡きあと藤原氏の棟梁となった藤原泰衡は鎌倉の力を恐れて義経を討った。

画像の水の見える川が北上川、そこへ左手から衣川が流れ込んでいる。
その衣川のやや上流当たりが弁慶が立ち往生したところだという。

天下を取ろうと思えば取れたであろう源義経はこうして討たれ、奥州藤原氏もその後鎌倉に滅ぼされた。


そんな歴史に想いを馳せながら、初めての東北路、このあとは被災地を見る。


夏草や兵どもが夢の跡…芭蕉

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