11/03/05 01:27

歌曲『智恵子抄』

「山の音楽家」の常任指揮者、長沢先生の歌う『智恵子抄』を聴いてきた。

 

高村光太郎の詩集『智恵子抄』。

高村光太郎が智恵子と結婚しその喜びの様、やがて智恵子が精神異常をきたし、亡くなるまでを書いた詩集。

正直言って先生のコンサートで聴くまでは、高村光太郎の詩集『智恵子抄』という題名は聞いたことがあっても、内容はまったく知らなかった。

 

八十二別館ロビー。

案内の中で、最後まで真剣に聴くのはかなり大変であるとの説明があった。

そこで二階席で先生の顔が見えないのをいいことに、最初から居眠りを決め込んだ。日頃、先生の指導を受けているくせにとんでもない奴である。

 

それが、不思議なことに先生の歌う詩が、清水脩の曲が、ピアノの伴奏、というよりも効果音が、実に素直に耳に入ってきて、あたりの風景や智恵子の表情が空想の中に浮かび上がり、あたかも高村光太郎と同じ体験をしているかのような感動があった。

先生の顔が見えないことで、ピアノを弾く指が見えないことで、雑念を覚えず純粋に「感じる」ことができたのかも知れない。

 

もしかしてこれが「芸術」というもの?

芸術とは見て、聴いて理解しようとするものではなく、感じるものなのか・・・

少し似た意味を持つのではないかと思われる曲、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を思い出しながら、至福のひとときを過ごさせていただいた。

 

長沢先生の声楽の恩師、岡部多喜子先生もいらっしゃった。(手前)

かなりのご年配だが、まだまだ元気でコメントされた。

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