11/05/24 23:59

よき指導者とは

「だめだめ、やりなおし!」

「そこ、そんなに気持ち入れないで。もっとあっさりと、淡々と吹いてください!」

「遅くしない!そこ rit. 書いてないよね?ここはね、遅くしたくなるけどインテンポでいっちゃってください。」

 

仕事を「お先!」と言って脱出し、地区の会議を終わらせて練習にかけつけると、先生が真剣に、にこやかにみんなを指導している。

遅れて入った私は時間がないのでアップもせずに (これが一番いけない!) こっそり演奏に加わる。

楽器を構えて息を入れながら楽器を温める。

いきなり曲には入らず、白丸(全音符)のような箇所でそっと音を出し、ピッチを確かめる。

 

先生はそんなことにはかまわず、どんどん全体を引っ張っていく。

相手が学校の生徒だったら先生もその辺厳しく言うだろうが、わかってやってるオトナってのは始末が悪い。

 

どさくさ紛れでようやく楽器が温まり、本気で合奏に加わる。

「ここはこれこれこういうところなんですよ。今の吹き方じゃその情景がまったく感じられないんですよ。もっと抑揚つけて表現してください。はい、そこテナーとユーフォ、もう一度。」

 

先生の体の動き、表情、手指の1本1本までが私たちの演奏を引っ張ってくれる。

目は楽譜を見ている。しかし先生の動きは視界の一部にあり、そしてそれ以上に感じられる。

以前大町の先生に、「高い音には高い息を、柔らかい音には柔らかい息を、速い動きのときはそういう息を入れてください。そのつもりで息を入れることが大事なんです。もっと歌ってください。」と指導いただいたことがある。

 

今日は先生の指導、要求、体の動きに従っていたらいつしかそういう吹き方になっていた。

とても、とても、ナイーブな演奏を、1音1音をとても大事に吹いていたように思う。

瞬間的なひとつの音のブレス、タンギング、音色、コア、リリースに気を配ることができたつもり。

 

最近、コーラスグループ、フォレスタの演奏を思い出しながら吹くことが多い。

彼らの大きな口の動き、表情が印象に強く残る。

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