12/11/18 10:27

山の音楽家定期演奏会

吹奏楽団「山の音楽家」第25回定期演奏会。

折あしく雨。雨ふりコンサートは珍しい。

 

今年は・・・10日前は本当にコンサートになるのか?? でもここまでは毎年のこと。

先生の追い上げがかかる。

「ほらそこ!忘れてちゃだめですよ!」

「あと5回。いいですか?しつこくて申し訳ないけどできるまでやってもらいます!」

温厚な先生からときに厳しい言葉も飛ぶ。

 

そして先週半ば。

練習は20〜30分程度早く上がるようになった。

これは初めてのパターンである。

 

本番。いつになく特に不安もなく幕が上がる。

私個人の感覚ではある。指揮者、企画、進行、照明など全体を動かす立場の人たちの苦労はここに書けるものではあるまい。

 

ウエルカムボード。

出演者それぞれに似顔絵とアピールする言葉をかけとの指示。

 

 

 

団員スタッフ。

司会者&ステージマネージャー。

 

ステージはまずまず大成功。

いつもこの客席がほぼ満席になるのだが、今回は雨のためやや少なめ。

 

いつもたくさんのプレゼントが寄せられる。

ありがとうございます♪

 

来年まで〜 遠いな・・・

ご来場ありがとうございました。

盛り上げていただいたスタッフの皆さん、ありがとうございました!

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12/11/15 23:24

こちらも本番間近!

おたり吹奏楽クラブが誇る?・・・??・・・???低音楽器群。

誇れるようになってもらいたいいっ.。o○

 

次の本番は?

今年最後のステージとなるが、青少年育成会主催のクリスマス会。

本来、中学生がやっていた演奏であるが、中学生が3年生が抜けて人が足りない、という理由から一緒にやらせてもらっている。

 

理由はともかく、今一緒に演奏したら我々が中学生の足を引っ張ることは明らか。

そこで先生は苦肉の策を編み出した。

 

リズムのわかりにくいジャズ編を言葉で理解させようというもの。

シンコペーションのリズムにスッと入ってこれない一般社会人。

そのリズムを言葉で言い表そうと、先生は一生懸命考えて作詞したのである。

 

だからといって、すぐに乗ってくることができるほど事態は単純ではないが、この熱心さには本当に頭が下がる。

 

そして、何度も何度も反復練習を繰り返す。

 

「私たちはプロじゃないんだから、できなければ何度でもできるようになるまで練習するしかないんですよ」

 

そう言いきる先生の言葉の裏を私は知っている。

プロはこの何倍も、もっともっと練習して、暗譜するほど練習してようやくステージに上がるのだ、ということを。

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12/11/08 23:55

小谷にラッパが響いた日

この古い写真。まちがいない。

小谷の吹奏楽はここからスタートしたのである。

小谷の共働学舎に新田目さんという方がいた。(↑指揮をしている人)

彼は自由学園で山本直純氏と机を並べ、山本氏に音楽を教わったのだと言っていた。

そして小谷で楽団ができないかな、と考えていたようである。

 

そんな彼の目を引いたのが消防喇叭隊であった。

音楽など縁がないように思えたこの壮年の皆さんが、指を使わない楽器をこれだけ吹きこなしている。これは使えるぞ!

きっとそう思ったに違いない。

 

そして彼が声をかけて水嶋、山田、千国、松田、矢口、中村、宮沢などの人物が参集した。

彼がまず目指したことは、楽器を揃えること、ステージを作ること、ではなかったかと思う。

 

楽器などといってもせいぜいギターくらいしか触ったことのない面々、管楽器など名前を言っても見当もつかない。

彼の口添えで楽器店を紹介してもらい、みんなが自分の楽器を持つようになった。

時代は昭和50年代初期のこと、経済は上りであり参集者が壮年層であったことから比較的容易に楽器はそろった。

 

初めて見る楽器を前にして、それぞれの想いは…

「おれはトランペットだで、じき吹けるわ」

「このトロンボーンってが、指で押さえるとこがねえぞ」

「やっぱりサックスはいい音するわ」

「このカタツムリみたいなのはホルンってがか、こりゃどこ持って吹くだ?」

漫才のような会話が飛び交っていた。

 

どこの学校だろう?

自分もホルンを持って写っていながら、まったく記憶がない。

 

楽器の手ほどきはすべて新田目さんがやってくれた。

驚くべきことに、彼はすべての楽器で(一応)演奏できた。

わからなければ指導ができない、と言いながら。

 

デビュー曲はなんだっただろう?海兵隊かな。

瀬戸の花嫁、花の回りで、君が代行進曲、みかんの花咲く丘、などが記憶に残っている。

 

そして初ステージ!保育園の運動会!

元々この運動会を初ステージに決めていたのだった。

そして保育園の保護者を主に団を組んでいたんだった。

このとき、私は何かの都合で欠席した記憶がある。

みんな若い!うそーっ!?というほど若い。今から34〜5年前のこと。

 

そうして新田目さんが、「いつかカエルになるおたまじゃくしだよ」といって名前をつけてくれた「おたまじゃくし吹奏楽団」はその年の文化祭に参加し、数曲を演奏した。テナーサックスでソロをとった知床旅情が印象に残っている。

 

これらの写真は新田目さんが小谷の共働学舎の主宰である宮嶋さんに送り、松澤に届けてくれるようにと託していただいたものである。

新田目先生、何十年もお会いしてませんがご健勝のことと思います。

ありがとうございました。

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12/11/03 08:15

田舎の冬

遠く1000mを越える山は雪化粧し、里の紅葉も日々落ち葉へと変化しつつある。

この景色のすぐ下に自分が小学校3年まで通った分校があった。

その分校で冬になると歌った歌。

 

曲名は忘れたが、「ましろにおくしも みねのゆき」・・・

意味も分からずとぎれとぎれに覚えている歌詞、しかし曲はほぼ完全に覚えていた。

この東の山の雪化粧とこの歌は自分の心の中では完全に一体化している。

この曲を覚えたときから。

 

ふと思いついて、覚えている歌詞で検索してみたら、あるじゃん!音源付きで。

聴いてみた。

懐かしさよりも、自分が覚えていたメロディがほとんど違ってないのがうれしかった。

 

http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-189a.html

「田舎の冬」
  作詞者不詳
  作曲/島崎赤太郎

1)ましろに おく霜 峰の雪
 しずかに さめくる 村の朝
 ほういほい ほういほい むら雀
 かり田のかかしに ひの光

2)ひなたにつづるは 古ごろも
 軒にはたるひの とくる音
 ほういほい ほういほい かん烏
 門辺の枝には 柿二つ

3)いろりにほだたく 夕けむり
 枯野に風立ち 日のくるる
 ほういほい ほういほい 渡り鳥
 鎮守の林に 宿かさん

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