13/09/23 22:49

秋・中土紀行

秋晴れの一日、小谷村中土地区をくまなく回ることがあった。

せっかくだから各地を写真におさめて紹介しようか(^^)v

 

これは言わずと知れた小谷温泉♨

歴史と泉質を誇る名湯である。

 

真木地区。

ここにはかつて中土小学校真木分校があり、廃校になってからは校舎を利用して山村留学が行われていた。

幼いころから留学に来ていた児童たちの中土に対する想いは深く、大人になって再び戻って来る人もいる。

ここでも山村留学に来ていた人が古民家を買い取り、手打ちそば「」を開業している。

 

千沢・高地地区。

左を千沢、右奥を高地と一口に言ってるが、この辺は石原、旭などの地名もあり(映画俳優の名前ではありません^^;)、どこからどこがそうなのか・・・自分にはわからない(-_-;)

 

神久(かんきゅう)地区。

現住しているのは老夫婦がいる一軒だけである。

 

戸石地区。

急峻な地形に数戸がたたずむが、名士を輩出する地区である。

 

中谷東地区。

中土の中心地である。いや、あったというべきか。

昔はここに役場の出張所、警察駐在所、複数の商店もあり市場なる地名を有するとおり塩の道の拠点のひとつでもあった。

 

瑞穂・長崎地区。

わかりにくいが中央の大きな屋根が村の交流施設「やまつばき」となった中土小学校跡地。

手前の大きな茅葺屋根(トタン葺き)の家は、やはり山村留学生だった方が古民家ゲストハウス梢の雪を開業している。

 

こちらは清水山地区から見た(左から)平倉山、乗鞍岳、風吹岳。

 

中土のうち、土谷の曽田地区。中土では最多の30戸ほどがある。

正面の尾根の向こうは鬼無里(長野市)の水芭蕉園になる。

 

奉納(ぶのう)地区。

土谷のかなり奥にありながら、昔から結束が強く戸数もあまり減らない地区である。

 

これは・・・わが家から見える景色。白馬岳から爺が岳までが一目にはいる自慢の風景。

小谷はどこへ行っても、行くに厳しく着けば都の風景が待っている。

過疎高齢化という言葉をそのまま表現している部分もあるが、移住者が増えていることもまた事実。

その人たちには地元民には見えない小谷村が、将来が見えていることだろうか。

地元に住んできた人たちも少し視点を変える時期かな。

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13/09/18 23:32

秋の棚田

阿原の棚田。

先日の台風でだいぶ倒れてしまった(-_-;)

小谷では有数の面積を持つこの棚田は平成20年に基盤整備され、現在の大きな田んぼになった。

 

ここは北小谷。

画像奥の方を強清水(こわしみず・ナマってくわしょうず)、手前の方を阿原という。

日当たりよく、水が流れ、景観もいい場所だが、住んでいるのはお年寄りばかり。

 

ある家に所要で来たのだが、ばあちゃんはいない。

そばで草刈りをしていた人にきいてみた。

いねえか、ほしゃ〇〇宅でお茶のんでりゃしねえか。おれ、きいてやるわ。

と言って草刈りの手を休め、電話してくれた。

 

ほどなく駆けつけるばあちゃん。

その家の梨の実がいっぱい落ちている。

ひとつ(いや、ふたつだったか)拾って食べてみた。それが意外とうまい!

 

用事が終わった後ばあちゃんにそう言うと、ばあちゃんは

うまけりゃ拾ってきましょ♪

やった!クルマにあった買い物袋を持ち出して、こんなときだけ一生懸命(^_^;)

 

これがその梨の木。

 

棚田、台風で倒伏はしたが豊作の様子。

穫り入れはもうすぐである。

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13/09/08 21:18

奉納相撲

土谷祭り、二日目のメインは奉納相撲。

境内の中央に土俵を作る。

 

舞台裏ではOBたちが相撲褌を着けてくれている。

 

開会。行司のあいさつによって、さあ勝負開始!

 

最初に土俵中央に盛られた砂をみんなで平らにならす。

 

初切りが終わると幼児から立ち合いが始まる。

この年齢では泣き相撲も多く、会場から笑いがあふれる。

 

年齢が上がるにつれ徐々に相撲っぽくなってくる。

 

そして大人。

通常の取り組みのほか、3人抜き、5人抜き、役相撲が行われる。

んん?ずいぶん体格が・・・

 

勝つと取り組みに応じた賞品が与えられる。この場合は矢。

矢を担いで四股を踏む。

よいしょ!

 

勝ち抜き戦。

ひとつ勝負がつくと次の対戦相手は勝者が態勢を立て直さないうちに挑みかかる。

敵は東からか、西からか。

 

すべての取り組みが終わり、塩を中央にみんなであいさつ。

この後は恒例、もつ焼き(ホルモン)

夕方やや暗くなるまでお宮の賑わいは続いた。

 

雨祭りだけど、今年も湧いた!盛り上がった!

また来年!

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13/09/06 20:32

プロセスが大事!土谷祭り

ふたたびお祭りの話題。

雨祭りが恒例の土谷祭り、ほぼ毎年会場をシートで覆う。

毎年手を変え品を変え…数年前から新しい方式でシートをかけるが、これが大仕事。

単管を組んでワイヤーを留める仕掛けを作った。

 

メインとなる(峯)ワイヤーの下に補助の柱を2か所設置。

柱1本に何人がしがみついてることか(^_^;)。でもこの柱をワイヤーを押し上げながら垂直にまで持っていくのが大変だった。

まだ柱を立てる途中、誰かが言った。

「硫黄島だ!」言いえて妙なり(^^)

 

メインのワイヤーの上に何本ものワイヤーを載せてシートを支える骨となす。

この細いワイヤーを留めているのが山側に設置した単管。

 

ちょっと一服。スイカはわが家の畑から提供。

 

今日はあてにしていたワイヤー職人が出られなかったため、内容がわかるのは一人だけ。

思いのほか時間がかかり、ワイヤーを張るだけで一日終わってしまった。

明日は朝から、今度はシートを張る。そして案の定天気予報は雨(T_T)

それにしても・・・

3〜4時間程度の宵祭り奉納演芸のために2日がかり。

でも、誰かが言ってた。祭りはプロセスが大事なんだ!

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13/09/04 23:28

土谷祭り相撲

あれ?こんなのいつのまに?

中土の交流施設やまつばきの入り口にこんなチラシが貼ってあった。

特産推進室の人たちが作って貼ってくれたのだろう。

土谷祭りは神事を司り祭り全体の主宰たる氏子総代、宵祭りの演芸を担当する奉賛会、そして奉納相撲を行う勧進元の三つの組織で運営される。

奉納相撲の歴史は古く、おそらく100年以上続いているのではなかろうか。

 

昔は相撲を取るのはおとな、ほとんどの「関取」が四股名を持っていた。

若者が少なくなったり、祭りから足が遠のいたりで大人の相撲が成立しなくなった頃から子どもを主体とした相撲が始まった。

勧進元の尽力でそれが今まで続き、やがて最近はまた大人の若い衆が力自慢をするようになったきた。

 

自分も最近は相撲を取ってないが、若いころはちゃんと四股名「笹の川」をいただき、参加していた。

力も体躯も劣るが、生まれつきの柔軟な体を使ってそれほど惨めな相撲ではなかったと思う。

 

今年もまた土谷神社境内において本祭りの9月8日、盛大に開催される。

参加者にはそれぞれ賞品を準備し、優秀者や勝ち抜き者には地域の古老手作りの幟(のぼり)、梵天(ぼんでん)、矢などが与えられる。また、相撲褌(まわし)もベテランの人たちが締めてくれる。

さらに相撲が終わった後は小谷名物モツ(ホルモン焼き)が待っている。

会場は概ね下のホシのあたり。

大人も子どもも誰でも歓迎!

過去の記録はこちら

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