17/03/13 20:53

久比岐再び!

3月中旬、まもなくお彼岸を迎える時期ではあるが、まだこの雪。

ここしばらく好天続きで今日もアルプスはくっきりとその雄姿で空を分ける。

春になって北陸も天気がよさそうなので春の海辺を走りに出かけることにした。

 


姫川温泉を過ぎたあたり、谷間から雨飾が見える。

 

 

本日のメニューは以前挑戦してかなわなかった久比岐自転車道のコース制覇。糸魚川市中宿シーサイドパークから上越市虫生岩戸までの31km。


スタート地点の公園。

 


いざ、出発♬

一歩踏み出して、重い!なんでこんなに重たいんだ。

しかも腰痛い!左足の捻挫も応援してくれているような・・・

まあそのうちなんとかなるさ!

ということで腰痛を忘れ、捻挫も苦にならず、重さだけがいつまでも負担をかける。

 


道の駅 マリンドリーム能生。

ここで約10km。ようやく元気になってきた。しかし。

 


ずっと変わらぬ景色にだんだん嫌気がさしてきた。

そう感じることが走れない原因を作る。調子よく走れるコンディションの時は単調な景色も苦にはならないもの。

 


筒石漁港。今しがた入ってきた漁船に海鳥が群がる。

 


元軌道の面影たっぷり♪。

 


トンネルの中はこんな感じ。危険性も不気味さもない。

 


名立の公園に立ち寄ってトイレ&給水。

観光地なんだけど、浜の観光地はシーズン短くて大変だろうな。

 


鳥ヶ首岬を回ると正面に米山(だろうな・・・)上越市の北東に位置する標高1000mほどの山である。

 


烏帽子岩。

この岩には必ず鳥がいるとか。

 


いた!(^^;)

 

 

そしてここでダウン。

あとわずか5km。そうは思うのだがハンガーノックも手伝って体が動かん。まったく根性なしめ!

 


有間川駅舎。汗で濡れた服を着替えさせてもらう。天気はいいけど風は冷たい。

複線、、、えーっと。説明書きをよ〜くみて、あっちのホームか。

 


待っていたら反対側へ来たディーゼル車。なになに♪

 


おお!2輌しかない車両がみんなレストランみたいだ!

facebookで情報をいただいて調べてみたら、「越後トキめきリゾート雪月花」。

妙高〜糸魚川の間で1日1往復の運転をする景観と食事のためのリゾート車両のようである。

今日は天気が良かったのでお客様の視線は海にくぎ付け。というよりもここにきてやっとトンネルが終わり海が見えた!というのが正しいだろう。

 


自分の待つ電車はこれ。

ワンマンといってるが運転手と車掌の二人で運行している。

 


昔のバスの切符みたいなレトロな切符。

 

ということで本日も敗戦気分でランニング終了。

痩せなきゃ〜と何度呪文を唱えても体重が減ることはない。。。

 

糸魚川の海岸から見える焼山火打の山塊とは違うこの山、鉾ヶ岳というようである。

標高は1300mと決して高くはないが、黒姫山も米山もこれよりも低い。やっぱり標高0mの海辺では大きく見えるのかな。

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17/03/01 23:05

春の陽射し

春の安定した好天が続き雪の山は日々その高さを下げているが、それでもまだまだ白一色の世界に春の陽光が眩しい。

先週、土曜日は大町でランニング。

木崎のゆーぷる♨に車を置き、山周りで美麻へ。そこから木崎湖へ向かって下る。

 

途中、三日町のトンネル前から撮影。


鹿島槍ヶ岳(右)と爺ヶ岳(左)

 


蓮華岳(右)と北葛岳(左)

 


唐沢岳(右)と餓鬼岳(左) 間の凸が餓鬼のコブ。

 

以上、大町から見える代表的な山。近いうちに全部登っちゃる!

 


大町から美麻に向かう道。

そこそこ広く、車の通りは少なく、程よい上り坂が走りやすい。

 


ため池。大きいのがふたつ。

 


ここは広域の火葬場。残念ながら何度か来ている。

 


今は廃止された元大町スキー場。

ここだったかな・・・簗場だったかな? 20歳のころ草レースがあって優勝したことがあったっけ。

 


ゲレンデ中央付近に鳥居が。。。

 


やがて美麻の新行集落。そばで有名な地区である。

ここから左に折れて木崎湖に下る。

 


木崎湖へ向かう細い下り坂。少し見えている山は餓鬼岳。

 


国道を横切り、湖水の向こうに見えるのは有明山。

ゴールはすぐそこ。

 


着いた!ゆーぷる。

さあ風呂だ!

 

 

そして今夜は・・・小谷村。

サンテイン小谷に車を置き、目指すは大草連(おおぞうれ)


この地区はかつては20戸近くもあった大部落だったと思うのだが、今は1戸が住むだけ。

その理由はアクセスの悪さと自然条件の厳しさだろうか。今でも九十九折の道を行かなければならない。

ここに住んでいた同級生と小学生のころ、どっちが学校から遠いかなどというつまらない言い争いをしたことがある。

そのころはここまで来たことはなかったが、社会人になって仕事で来るようになり、ようやくその通学の大変さがわかった。

と思ったのだが、今日初めて足で来てみて距離も測り、結果としてはわが家とその大変さはそれほど変わりはないぞ!

まあ、そんなことはどうでもいいのだが、こうしてまた一つの集落が消えゆくのは寂しい限りである。

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