18/08/27 22:56

叙勲 -受章編-

平成30年度 春の叙勲。

それが発表されたのは平成30年4月29日。

しかし内定連絡はその少し前にあった。マスコミや叙勲関連業者なども早く情報が入るらしくたちまちカタログの山、そしてローカル新聞は4月29日当日に間に合うようにインタビューに来た。

消防関係の春の叙勲受章者は大北地区で2名。自分よりも一期上の大町の清水さんと自分である。

受章者名簿を見れば自分たちの62歳という年齢はほぼ最年少。叙勲の条件は基本として消防団30年勤続、それと団長経験であるが、それにしても弱冠62歳の若僧?が叙せられるということに消防のすごさを感じた。

ただ世の中には同じボランティアでも、名もなく何ら見返りを求めずこつこつと尽くす人たちがいながら、そういう人たちが報われない社会構造があることも事実である。

 

5月14日、東京にて伝達式と天皇陛下拝謁があった。

それを案内するのは各県の担当官。集合場所は虎ノ門のニッショーホール。


集合場所。おのぼりさんがわかりやすいように各県の担当は旗を掲げている。

 


伝達式会場。この演台に野田総務大臣が立ち、代表者に勲記・勲章を伝達した。

 


ホール入り口付近でのワンショット。どこかの県の担当官に撮ってもらった。

 このあと、皇居にて天皇陛下に拝謁した。

 

皇居豊明殿。当然初めて入る。

入り口階段の両側には皇宮警察の方だろうか、が身じろぎもせずに立っている。イギリスの近衛兵を思い出した。

この日の消防関係受章者は約650名。そして付き従う夫人たち、総勢1,300人近くが豊明殿に入った。

担当侍従から説明があり、やがて天皇陛下が姿を現した。

少し高いステージから全員にお言葉を賜り、その後壇を降りて会場を一周する。その間に年配の方や体の具合の悪そうな人に優しい言葉をかけていく。

一同は陛下の移動に合わせて体の向きを変えていく。その一斉に動くさまは日本の秩序であり、天皇陛下に間近で拝謁できたことと重なって目頭が熱くなった。

来年になれば皇太子殿下が即位される。明仁今上陛下から叙せられたのもとてもうれしく感じた。

 

拝謁が終わった後は下の大きな広間で記念撮影があり、バスに戻って賜物が配られる。菊の御紋の入った大きな饅頭のようなものである。

賜物っていうんだ?下賜品とか恩賜とは今は言わないんだな。

 

ホテルでの記念撮影。

もちろん貸衣装。左胸につけているのが今回の瑞宝単光章。右胸には現役時代にいただいた消防庁長官表彰。

 


その夜は妻と東京泊まり、在京の次男が叙勲を祝って祝杯をごちそうしてくれた。

 

この叙勲については受章の可否を選択することができた。

自分はもともとあまり名誉に興味がなく、年数が経過しただけで大した実績もなかったので受けようか断ろうかずいぶん迷った。

しかし先述のように、これは小谷村消防団がいただいたものであるとの解釈ができた。となれば自分をここまで引き上げてくれた消防団の名誉を自分一人の判断で断るのも失礼に当たると判断し、経済的にも苦しかったが受けることにした。

ただ、近い人間から「なんでそんなもの受けただ⁉」と言われたのはショックであり、腹立たしかった。

自分とて消防団長をやりたくてやったわけではない。気弱な性格から推薦を断り切れなかっただけであり、もとよりミスキャストであることは明らかだった。それでもかなりの時間を費やし、金もかかり、自分なりに一生懸命に務めてきた。ほかに多くの役職も重複してある中で、決して楽に過ごしてきたわけではない。「なんでそんなもの…」と軽々しく言ってほしくない。

 

3ヶ月後の8月18日、発起人の方々に祝賀会を開催していただき、大盛会のうちに私の祭りは終わった。

発起人の方々、現役消防団員の皆さん、そしてOBの皆さん、地域の方々、行政の皆さん、そのた多くの関係各位と家族・親族に深く御礼申し上げます。

ありがとうございました。

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18/08/23 21:38

叙勲 -祝賀会編-

平成30年度、春の叙勲において消防功労で瑞宝単光章を授与された。

本来自分ごとき何の実績も持たない人間が62歳でいただけるものではない。実に消防団の力のすごさを感じた。いずれにしても消防団員、地域や職場の方々、家族の支援があって初めていただけるものである。

 

今回は祝賀会の様子を書いてみる。 

小谷村消防団ではすでに10人余りの方が受章されており、祝賀会もある程度形が出来上がっている。

主催者は団長OBの集まる纏会(まといかい)の内から、自分と時期の近い団長OB、それにそれよりも若い団長OBが発起人となって開催する。

 

 


娘が編んでくれたラッパたりたりと母が記した歌。

これを勲記とともに受付に飾った。

 


当日は見事な秋晴れ。8月だが気候は秋晴れ。これは会場ホテルの窓からのスキー場風景。

 

 
受付は現役消防団幹部があたってくれた。

出席予定者100人、1万円会費でのパーティーである。

 


主役の入場。さながら2回目の結婚式ともいえる贅沢な気分で先導発起人の後に続く。

自分も先導をやったことがあるが、緊張するものである。この日も前を行く先導はカチカチに緊張していた。それを見て主役はむしろ気楽に、入場の歩をゆっくりと進める。

 


発起人会長のあいさつ。

このあと、村長、県議というはるか雲の上の方々が自分のために祝辞を述べてくれた。

 


お礼の言葉を述べさせていただく。

語りたいことは概ね頭に項目別にあったが、文章に落としたのは前日。

最も話したかった、尊敬する亡き元団長の話が出来てよかった。

目の前の100人の列席者が自分に注目してくれている。そんなことがありがたく、おちついた挨拶ができたと思う。もっとも横で立っていた妻は皆様の視線にかなり緊張していたようだ。

 


祝賀の式典が終わり、祝宴に入った自分たちのテーブル。

いずれの方々も本当に尊敬すべき来ていただきたかった方ばかりである。

 


会場の様子。

 

さてこの祝賀会で自分的に最も楽しみにしていたのが吹奏楽のアトラクション。

白馬の吹奏楽団「山の音楽家」、小谷のおたり吹奏楽クラブ、両方に属している自分としてはぜひ合同バンドでやってほしかった。

幸いにして指揮者は両方とも長沢先生であるので、先生の指揮で合同演奏をしてもらうことができた。ドラムセットはどちらの団にも属さない有志の方。

 


自分のために集まってくれた30名のメンバー。出前アトラクションとしても、叙勲祝賀会のアトラクションとしても前代未聞の規模である。

 


息子も本日の飛び入りで仲間に入れてもらった。もちろん自分も燕尾服を脱ぎ捨てて吹いている。

 


息子とのアンサンブル。

これがやりたかった!これだけ大勢の祝賀会で息子とのデュエットを吹かせてもらえる!まさに至福のひととき。叙勲を受け、その席で夢のアンサンブルを演奏できる、こんな幸せな人間はほかにはいまい。

曲目はアルプスの少女ハイジのテーマ、おしえて。それとふるさと。

やっぱり相手はレプリカのせいか、実に合わせやすい。息子は遠く広島在住なので、合わせたのは夜だけ4日。さてどう聴こえたことか。

 


消防ラッパとのコラボはおたり吹奏楽クラブ。以前ステージでやった消防メドレーそのものである。

やっぱり消防関係の祝賀会であり、吹奏楽のアトラクションとくればこのメニューは欠かせない。

吹奏楽の皆様、消防らラッパ隊の皆様、この日のために何日も練習時間を割いていただき、会場を盛り上げてくださったことに感謝します。なにより親子アンサンブルを仲間に入れてくれてありがとうございました。

 

 


怪しげな人たちが入ってきた。

叙勲祝賀会恒例の最終アトラクション「喇叭呑み!」

見れば右手に持つのはラッパだけではなく、徳利であったりビール瓶であったり。

参加するのは主に現役消防団幹部、纏会、それに会場の有志。

 


開始の合図に競馬ファンファーレを高らかに鳴らす。

 


指揮をとっているのは前ラッパ長である現副団長。

ラッパで行進曲を一曲吹く間にラッパ飲みをする。途中で空になったとばれれば即座におかわりが来る。

今回は3回戦であった。

 

そして盛会のうちにお開きとなり、再び先導の千鳥足について退場。

ひととおりお客様を送り出した後、自分を待っていたものは。。。

 


胴上げ!

胴上げなんてしてもらうのは、それこそ結婚式以来。

現役団員の力強い手を感じながら宙に舞う私は、まさに舞い上がっていた。

 


本会が終わった後、発起人などご苦労いただいた人を労う会をこの辺では「しんのよび」という。

酔ってはいられない。この方々にしっかりお礼を申さねば。

発起人の皆さん、本当にありがとうございました。また、ほとんどの段取りをほぼ完ぺきにこなしてくれた消防主任さん、ありがとうございました。

皆さんのおかげで私の人生になかでも一世一代の大行事が無事終了しました。

 


この日は帰らず、夜は来てくれた小中時代の同級生と一献交わす。

先生も遠路お運びいただきありがとうございました。

 

夢のような一日は瞬く間に過ぎ、翌日になれば「兵どもが夢の跡」である。

次回はこの日以前の叙勲関係のことを書いてみよう。

 

ありがとうございました。

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