11/10/31 23:20

孫子の兵法

孫武、伍子胥などの名前を思い出しながら、テレビで孫子の兵法なるドラマを見ていた。

紀元前500年頃、中国春秋時代の物語。

 

祖国、楚を追われ復讐を誓う伍子胥。

同様に斉から逃げた孫武は呉の国で宰相となっていた伍子胥の軍師となる。

そして、物語は呉越同舟、臥薪嘗胆などの歴史に残る言葉を産み出していく。

 

名高い孫子の兵法は後年世界中多くの軍略家のお手本となった。

特に武田信玄の旗印、風林火山は孫子の兵法として有名である。

 

三国志から始まった中国古典好み、ここしばらく忘れていた。

中国と日本の帝政、よく似た部分が多い。しかし、大きな違いがひとつ。

それは、中国では常に侵略してその国を制した者がその国の天子となるが、日本では天子(天皇)は日本中で1人だけ、その血筋は絶えることがない、ということ。

 

秦の始皇帝という名前は教科書にも載っている。

なぜ「始」なのか。

これは秦という国で中国を制覇した政という人が「皇帝」という呼称を初めて用いたからだとされている。

では皇帝とは?

 

中国では漢字に序列があり、皇・帝・王・覇という順序で決まっており、その役割の定義づけもある。

同様に兄妹でも伯・仲・叔・季と決まっている。

 

・・・ときりがないから、吹・走以外の趣味はまたいずれ。

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11/10/30 21:37

小谷村文化祭

青少年育成会、なぜかその役員である。

 

村の文化祭では育成会は子どもたちに、手工芸や簡単な料理などで楽しんでもらいたいと毎年企画を考えている。

今年はわら細工。

村のベテランの方を講師にお願いした。

ところが!

肝心の子どもはちっとも寄りつかず、来るのはわら細工の経験のないオトナばかり。

まっそれでもいいか・・・

できあがったわら細工。

 

こちらではビーズで作るアクセサリー。

これは女の子にうけて何人かが夢中で作っていた。

 

もうひとつはチヂミ。

といっても韓国料理ではなく、日本の薄焼きのアレンジ。

育成会の女性陣の腕の見せどころ。

 

さて、文化祭の方は。

今年は小谷中学校とおたり吹奏楽クラブとのミックスバンドで出演した。

負けないで、マルマルモリモリの2曲。

とくにマルマルモリモリは中学3年生が二人、踊ってくれた。これ見たかったな。

 

写真は小谷小学校の合唱。なかなかのハーモニー。

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11/10/30 01:18

乾杯!

結婚披露宴に行ってきた。

彼は山の音楽家チームメイトであり、職場の仲間でもある。

吹奏楽の仲間が20人ほど集まってお祝いの演奏をさせてもらった。
メンデルスゾーンの結婚行進曲、長渕剛の乾杯、加山雄三の君といつまでも、そしてラストはチューバ吹きである新郎を交えてのチューバ吹きの休日。

進行をしろと言われマイクを持たされたら、ちょっと悪のりしてしまった。反省…


  さむいね とはなしかければ、

  さむいね とこたえるひとのいるあたたかさ

 

俵万智さんの詩だそうである。

はじめて聞いたが、心にしみいる気がした。

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11/10/21 12:09

こだまでしょうか

最近よく聞く金子みすゞの詩


こだまでしょうか

「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう

「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう

「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう

そつして、あとで
さみしくなって

「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう

こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。


金子みすゞの詩を多く聞くようになったのは、東北の震災でAC広告がそれを頻繁に流してからだろうか。

最近は妙にこの人の詩が親密に感じられる。

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11/10/16 22:28

東北紀行ー松島

松島瑞巌寺は震災の被害は少なかった模様。

松島という島が点在する地形が津波を防ぎ、岩盤に支えられた地質が地震から守った、というところか。

 

松島から塩釜まで遊覧船に乗った。

舟の中ではウミネコのエサとしてカッパえびせんを売っていた。

ウミネコは遊覧船にたかってくる。

エサを投げれば見事に空中キャッチ。手のひらにのせてもサァーッと来てエサを取っていく。

その気になればウミネコは素手でつかまえられる。

 

塩釜では大きなナナカマドの実が街路樹にたくさんなっていた。

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11/10/16 15:42

東北紀行- 被災地

地震と津波の最大被災地のひとつ、南三陸町。

いたるところに広がる瓦礫の山、住宅の基礎、仮設道路。

テレビでは頻繁に視る画像ではあるが、実際にこの目で現場を見るとその災害のスケールに驚かされる。
復興などいつのことかと思われる。

会社の大事な物を持ち出そうとして命を落とした人、腰までの津波から引き上げてもらったという人、運よく助かったが、その時は人間の顔をしていなかっただろうと話す人もいた。


災害から半年、人々は決して暗い顔をしてはいない。


現地でしか手に入らないという震災ドキュメントの写真集を手にいれた。
災害直後、後日の現場写真や記者の手記が載っている。

現地をみて同情し、帰ってそれを伝える、他に自分たちにてきることはないのだろうか…

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11/10/15 23:39

南三陸町ホテル

被災地南三陸町のホテルに来た。

ホテルに入館と同時に♪信濃の国が!
聞いたところ、長野県のお客様が来ると♪信濃の国を流すのだという。
他の県は県歌があっても知っている県民がいないから長野県だけだとのこと。
ちょっと感動だった。


このホテルは被災地の中にあり、つい最近まで避難所だったとのこと。
広い窓からは被災地の景色がずっと見渡せる。


ホテルの窓、手の届くところにカモメ?がきて挨拶をしてくれた。

人に話を聞いてみた。
やはり被災地は情報がなく、一時期は日本が全滅したと思っていたとのこと。
その人は、自分が災害の全容を知ったのは2週間後のことだったという。


ここは地盤沈下がひどく、1メートルぐらい沈下していると聞いた。

見える景色はテレビに映るそのものだった。

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11/10/15 15:35

東北紀行- 中尊寺

東北に来た。
初めて足を踏み入れる岩手県。
奥州平泉では雨が上がり、曇り空。

中尊寺は奥州藤原氏の菩提寺。国宝、金色堂は金箔の建物の外側に保護するための建物を建ててある。
撮影禁止、人の波、ゆっくりと見ることはできなかった。

五月雨の降り残してや光堂ー芭蕉


奥州平泉といえば源義経。
平家の目を逃れて平泉にきた義経を藤原秀衡はあたたかく迎え入れる。

やがて鎌倉の挙兵に加わる義経は藤原氏の勢力を頼まず、木曽義仲を追い払い、平家を殲滅するも兄頼朝に疎まれ再び平泉に入る。

藤原秀衡亡きあと藤原氏の棟梁となった藤原泰衡は鎌倉の力を恐れて義経を討った。

画像の水の見える川が北上川、そこへ左手から衣川が流れ込んでいる。
その衣川のやや上流当たりが弁慶が立ち往生したところだという。

天下を取ろうと思えば取れたであろう源義経はこうして討たれ、奥州藤原氏もその後鎌倉に滅ぼされた。


そんな歴史に想いを馳せながら、初めての東北路、このあとは被災地を見る。


夏草や兵どもが夢の跡…芭蕉

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11/10/11 17:24

軽井沢の夕日

仕事で軽井沢に来ました!

避暑地軽井沢でも紅葉はまだあまり進んでいません。
月末の軽井沢マラソンに期待です。

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11/10/06 20:02

蔵酒

推進にあって買ってみた原酒「蔵酒」。
辛口。妙にようと思ったらアルコール分20度。
4合瓶だけどわが家ではしばらくは終わらないな。

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11/10/05 22:40

地震警報

午後7時過ぎ、会議の席がグラッと揺れた。

体感したのはそれだけだが、数回起こっていた模様。

 

しばらくして会議会場あちこちで鳴り響く警報音。

その後地震は起きなかった。

 

ケータイ地震警報ってマナーモードでも音がするんだ!

初めて知った。

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11/10/03 17:56

初雪?

昨夜は寒かった。

天狗原山周辺はごらんのとおりの冠雪。

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