12/07/27 22:06

ニラ

北小谷の桜並木。下草刈りをした。

が!

石垣の上に生えてるのは野生のニラ。

臭いくさい!

草刈りをしながら、涙ボロボロ、顔ヒリヒリ。

 

帰ってから風呂に飛び込んでも風呂中ニラの臭い。

着てたものALL即行洗濯。

 

明日になれば少しは臭い和らぐかな。

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12/07/25 20:50

猛犬(ーー;)

とある地区にいる猛犬。

人が行くとそりゃもうえらい剣幕である。

前だけ見て吠えるのではなく、体をありとあらゆる向きでこちらに吠えかかる。

リードが切れたらオレどうなるんだろう、と気が気ではない。

でも不思議とカメラを向けたときだけちょっとおとなしくなる。

もうかなり年のはずだが、そのファイトは衰えを知らない。

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12/07/16 22:29

湯原温泉

最近オープンした北小谷の湯原温泉。

以前はこの少し北に猫鼻温泉があったが、災害で流れてしまった。

そして同じオーナーが開設したのがここ、湯原地区にある湯原温泉。

トンネルが連なる国道で、クルマの中でもあの独特の異臭を感じる場所である。

 

ここから右へ入る。葛葉峠へと向かう旧国道へ入るとあとは標識通り。

 

見かけはバラック。

内湯と外湯が別の場所に設けてある。

オーナーが出てきて「入ってけば?」と誘ってくれたが、仕事中。

 

温泉から南を見ると湯原集落。

 

外湯。

大きな岩に囲まれた中に木の湯船。屋根はテント。

 

湯原は川原で砂風呂もできたことがあるが今はどうなんだろ。

天気のいい日にここで湯につかり、ビールでも飲んだら最高!

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12/07/14 23:02

「あじさいを観に行こう」

小谷村特産推進室の土谷地域づくり応援団の企画。

今年から正式に設置された「小谷村特産推進室」。

集落支援員1名と地域おこし協力隊1名が組みになって、中土、北小谷地区に4組が配置されている。

 

土谷地区では担当の2名の方が(推進員・協力隊)日々地区内を回り、各戸訪問をし、地域おこしのモトを探している。

これはその一環として彼らが組んだ企画。

 

中谷地区の支援員さん(左)と土谷地区の支援員さん。

おふたりともママさん。

 

この家にこんなに手入れされた紫陽花園があるとは知らなかった。というか、この近くに50年以上も住んでいてここまで来たことはない。

オーナーのおやじさんにきいたところ、「俺は誰にも言ってねえから(紫陽花園)誰も知らねえよ」と言っていた。

協力隊の方がこの家を訪問した際に案内されたものだという。

すばらしくよく手入れされている。

 

まだ花は8分咲きというところか。

案内をしてくれるオーナーのおやじさん。

 

 

ここは景観のよいところである。

天気がよければここには北アルプスがバーーンと見える。

 

尾根は奥西・中西山。右奥に東山。

尾根の向こうは長野市鬼無里の水芭蕉園。

下に奉納へ続く県道が見える。

 

いつのまにか、初めて会う地元の人に自己紹介をしている面々。

 

ちょっと珍しい紫陽花かな。

 

縁側カフェも。

最近知ったことだが、縁側って都会では貴重な存在なんだとか。

田舎にいるとそんなのあたりまえだ!と思ってるんだけど。

 

こういう発想は田舎にはない。

キハダの皮がアンケート用紙入れになっている。

 

お客様をもてなす特産室の人たち。

この人たちの存在については、村内住民から賛否様々な意見が出ている。

でも結果はわからないが、今こうして村に活気をくれていることがうれしい。

何もしなければ何もなくて終わるのである。

過疎高齢化の村の行く末は・・・・

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12/07/11 23:09

豪雨災害

平成7年7月11日。

17年前の今日、長野県北部の豪雨災害が起きた。

降る雨は時間が過ぎるたびにその量を一層増し、小谷村壊滅とまで言われるほどの大災害をもたらした。

ここに書くのは自分のことだけである。

 

わが家では夜7時ころ家の裏が崩れ、わが家と隣家は土砂に襲われた。

下はわが家のトイレ部分。

もちろん災害時刻にカメラを用意できたわけではないので写真は後日の物である。

 

わが家の横。

著しい量の土や杉の木が家になだれ込んだ。

 

屋根に倒れた杉の大木。こんな風に家に倒れ込んだ木が5〜6本。

 

その夜は近所の比較的安全な家に村中が集まって夜を明かした。

気にかかるは飼っていた牛と鶏。

畜舎に害がないことは確認していたが、いったん家を離れて集団行動に移ればもはや身勝手な行動は許されない。

翌日、村の衆の許可を得て鶏は鶏舎を開けて自由に出入りできるようにし、牛は飲み水が来ていることを確認してワラを山ほど与えてきた。これで数日はなんとかなるだろう。

 

先日、東北の震災現場で餓死してミイラ化している牛の姿が映った。

どうしようもなかったことではあろうが、せめて自衛隊を差し向けて射殺する等の処置ができなかったかと、かわいそうでならない。

 

災害から2日ほどたって、下里瀬の川原が見えるところまで下ってみた。

まったく情報が入らない中でこの景色は衝撃だった。

国道のバイパスが半分もえぐられている!

今は下の写真の真ん中にローソンがある。

 

情報。それはまったくなかった。

電気、電話線は切断され、まだケータイ電話は普及してない。

 

罹災の夜に避難した家がほぼ自動的にわが地区の災害本部となっていたが、誰かが発電機を持ってきてくれた。

噂ばかりが飛び交う中で初めてテレビの情報が入った。

 

その目を奪う村中の惨状に皆あいた口がふさがらない状態。

姫川温泉では大きなホテルが消失しており、北小谷では国道がなくなっている。

真横になったガソリンスタンド、空中にぶらさがる線路、土砂に埋もれた中土駅、赤肌を見せる山腹は数え切れず、わが家などはこれらに比べればはるかにマシと思われた。

 

情報といえばひとつ。

災害が起きて最も情報が入らないのは災害現場である。

発電機を用意して映るテレビはNHK。しかしそこに映される映像は、石が転がる様子、濁流が流れる様子、埋もれたクルマなどであった。災害映像がそういうものであることは今も変わりはない。

 

しかし状況のわからない罹災現場では、全体がどうなっているのか知りたいのである。

このときはさんざんマスコミの悪口を言った。

「ヘリまで飛ばしているくせにもっと全体がわかるような情報を流せないのか!」と。

 

やがて徐々に土砂は取り除かれ、家も大工さんが入って出来上がってきたが、土木工事が進まないため冬になっても地すべりは続いた。

 

母は災害の状況を含む内容の本を著し「星空の下で」と題して自費出版した。

毎年今頃は雨が降ると心臓が高鳴る。

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12/07/07 19:36

バイクほしい!

こちらのブログ(http://kunoichimatagi.blogspot.jp/)を見ていたらしばらく意識になかったバイク熱が目覚めた。

 

私はバイクっこ。というかこの辺の私たちの年代はみんなバイクっこ。

理由は我々の父親の年代、主たる移動手段がバイクだったから。クルマはなかなか買えない代物だったし車道も整備されていなかった。

この田舎にもクルマが急速に普及しだしたのは昭和40年半ば頃からかな。

 

高校への通学も駅まではバイク。冬は歩きか下宿。

15歳(16歳だっけ?)の誕生日を迎えるとみんな競ってバイクの免許を取りに行った。だから我々の年代で自動二輪車の免許を持っている人は排気量の制限はない。

 

しかし高度成長期はもう少し後、現金収入の乏しい時代に誰でもバイクを買ってもらえるものでもなかった。

私は幸いに父が通学用ということでバイクを買ってくれた。

その初代バイクがこれ。 スズキバンバン90cc。

たぶん当時の価格で10万円くらい。吝い(しわい・ケチ)親父としては破格のサービスであったことだろう。

 

これを選んだ理由は、書くも恥ずかしい現実知らずだが冬も乗れるようにと。

タイヤが極端に太いのである。

で実際にはどうだったかというと、冬はむしろ細いタイヤの方がよい。

郵便屋さんの使っている、バイクにチェーンを着ける、あれが一番。

 

タイヤが太ければ深雪でももぐらない???

バカな考えをしたものである。

深雪では太いタイヤが抵抗となって動かなかった。

更に!太いタイヤはカーブの際に細いタイヤよりも車体を傾ける必要がある。

接地面積が広いため摩擦が少なく、傾斜角度も大きいためカーブでは滑りやすく、深雪でなくとも雪道では使い物にはならなかった。

 

次に買ったのは25歳頃。今度は自分の稼いだ金で。

ホンダGL400 WING。これにカウルを着けたもの。

珍しい横Vエンジンとシャフトドライブが人気があった。

ただ維持費(車検・任意保険)が高いのと重いのとで5年ほどで手放した。

 

そのあとにホンダのCB250ccと、カワサキの250モトクロッサーを使ったのはわずかな期間。

 

やがて大型スクーターブーム。

ホンダから発売されたフュージョン250cc。

他社のスクーターに比べてホイールベースの長いのが気に入って、今度はかあちゃん(妻)におねだり。

これは具合よかった。

ブレーキペダルが前の方にあるため乗れば二輪車であることを忘れるほど。

 

難を言えば、普通のバイクが腰の真下にステップがあるのに比べ、足を前の方に置くため長時間のツーリングでは腰が痛くなった。

フュージョンは15年ほど乗ったが、クルマ社会においてバイクはしょせん「嗜好品」。

寒くなく、天気よく、荷物はなく、人も乗せない、服や顔が汚れてもかまわない、そんな日が一年に何日あろうか。

 

よほど強い趣味志向や経済的余裕がなければバイクなど乗れないのである。

でも、今も本当にほしいのはこれ。

 

ホンダPC(パシフィックコースト)800。 

かなり前に生産中止になっているためもう入手できないが、こういう機械部分をすっぽり覆ったフルカウルのヨーロピアンツアラーが好きである。

これに近いスタイルのバイクは今ある型ではBMWだけじゃないかな。

 

そしてたまに愛用しているスズキモレ50cc。

もらいもの。 スピードは出ないが狭い山坂では具合いい。

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12/07/04 22:05

蓮華温泉

朝、仕事で平岩まで来たが7時ころで解放。

仕事へ行くには早いのでせっかくのいい天気、蓮華温泉まで行っちゃえ!ということで単独クルマを走らせた。

 

大所(おおところ)集落。 名門山岸家の本拠地。

ここで山菜検問?を受けた。

 

木地屋集落は今は住む人もいないようだが、小さな物産資料館がある。

 

10km余り走ると大きな白池があった。

周囲1kmだという。

 

わさび沢。

水がけっこう高いところから落ちてくるので沢というよりも滝に近い感じ。

 

ヒワ平からの眺望。

こんな日に来られてよかったーー! 中央から迫る雪倉が圧巻である。

 

アップしてみた。

中央は旭? その左にちょこっとピークが出ているのが白馬かな?

左は小蓮華。

 

やっと着いた蓮華温泉。 

いや遠かった。 ここまで平岩から21km。

地獄谷?まで行ってみたかったがそんな時間がなく断念。

 

蓮華温泉入り口の石に貼り付けてあった案内。

 

のんびり写真を撮っていたら時間がっ!

出勤は・・・・なんとかセーフ^_^;

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12/07/03 23:58

姫川温泉

姫川温泉の廃墟となっていた元ホテル。

 

昨年取り壊されれ、最近なにやら跡地を整備している。

 

どうやら村で公園を作るようである。

この池に温泉を流すのかな?

 

横にはちょっとしたあずまやが。

 

反対側には温泉が流れ、湯けむりが旅情を誘う。

という風になればいいのだが、観光地としては伊豆や草津の湯けむりとは比較にならない。

比較できるだけの環境がそろっているだけに、あと何年でという先見性がほしい。

 

岩で囲まれたこの場所、何かと思ったら廃墟となったホテルの岩風呂だったそうである。

 

数十年前の、浴衣姿のお客さんが下駄の音を鳴らせて大勢歩き回る風景は再現できるのだろうか。

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