15/07/27 22:06

夏の高森キャンプ

夏の恒例行事、青少年育成会で高森キャンプに参加した。子どもの参加者は小谷からは6名。

今年は少し趣向が変わって一泊4食すべてを自分たちで作る。

 

一日目、お昼は焼きそば。メニューは簡単でも毎回火をおこすのはなかなかきびしい。

 

メイン行事、天竜川チューブ下り。

係の方が誘導して次々と送り出してくれる。

 

流れること100m余り、下流ではヒモの着いた浮輪が次々と飛び子どもを回収する。

 

飛んでくる浮輪のヒモを一本つかめばいいのだが、たまにどのヒモもつかめない子もいる。

そんな時は待機しているカヌー隊がスクランブル!その速いこと!

あっという間にチューブに追いつき、岸に押し付けて回収。

 

一日目、夕食は飯盒炊爨&カレー。

 

そして夜はキャンプファイアー。

ここでエンターティナーGO!さんの登場。

GO!さんの指示に従って円陣を作る。彼はこういう仕切りがとても上手。

 

女神様が登場して各班長達に火を与える。

そして点火!

 

明々と燃え盛るファイヤーストームを囲んで各班の出し物を披露する。

小谷村の子どもたちは小谷村に関するクイズを三択で出題。

子どもって普段うるさいけど、前に立つと妙にビビっちゃうんだよね〜。

やがて子どもたちは就寝しても、今度は大人の時間。

最後の火の番をしながら注ぎ合う酒に夏の夜は更けゆく。

 

いい天気!

朝はラジオ体操から。飲んでた大人に朝6時はちょとつらい。。。

 

朝から火をおこし、朝食はスクランブルエッグ。

 

この日は魚のつかみ取り。

子どもたちの作業はまず竹串作り。

 

近くの沢は木陰で涼しい。

ひとり2匹あてのニジマスが放された。

獲れた!

 

ワタ出しも自分で。だいぶ刃物に慣れたかな。

 

先ほど作った竹串に魚を刺して炭火で焼く。これは豪華かも。強火の遠火〜。

 

火、水、刃、と良くも悪くも3要素をふんだんに取り入れた今回のキャンプ。

解散式では遠くから来た小谷村の子どもたちにお土産が手渡された。

 

みんなで集合写真♪

高森町のみなさん、お世話になりました。

冬は銀世界でみなさんのお越しをお待ちしています!

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15/07/07 22:29

豪雨災害から20年

20年前、平成7年7月11日。

忘れられない豪雨災害の日。

まもなく20年を迎える被災地小谷村では、7月12日に「7.11豪雨災害シンポジウム」を開催する。

それに伴って今、役場では災害当時の写真パネルが展示されている。

 

二度と見たくないこの光景、しかしいくら見ていても飽きない。

 

20年前、まだまだケータイは普及せず、ウインドウズ95のソフト販売開始に長蛇の列が出来た年である。

したがって災害が起こって電線、電話線、道路が断ち切られた中ではどこがどうなっているのか、まったくわからなかった。

 

数日後、誰かが避難所に発電機を持ってきてくれて、ようやくテレビを見ることができた。

田舎のことゆえ映るのはNHK。しかしそこに映されているのは大きな岩が転がるシーンや川が濁流となって下るシーン。

このブログでも何度かそういうマスコミ映像の悪口を書いたが、最も情報の入らないのは被災地である。

村全体がどういう状況になっているのか、それが知りたかった。

そのような状況のわかりにくい写し方をするマスコミの体質は今も変わっていない。

 

役場の職員もこの災害を知らない人が多くなった。

その時は地元にいなかったり、まだ学生、あるいは物心ついてない子どもだったり。

月日の経つのは早いものである。

このとき、小谷壊滅とまでいわれた災害で一人の死者も出さなかった、といって全国で有名になったかと思う。

しかし、残念ながらその後、後処理の過労が元で逝去されたといわれる当時の助役さん、復旧工事で命を落とされた人もいた。

 

わが家とお隣さんも裏山からの地滑りで家は全壊、ひと夏を牛小屋で過ごした。

この年はその後の天気がよく、復旧工事のしやすい日々が続いたが、裏山の地滑り工事はなかなか着工にならなかった。

村の予算、県の予算、国の予算と各方面の復旧工事費用があるのだろうが、それらが予算化されるまでの行政の測量や手続きは煩雑であり、範囲は村中にわたっているため容易なことではなかっただろう。

冬には家に入れるのだろうかと悩んでいるとき、ときの村長さんが自ら連絡をくれた。これこれこういうわけでもう少し待ってほしい・・・と。

村中が大騒ぎのときに村長さんがわざわざ連絡を・・・心に沁みた。

 

小谷は何処も負けず劣らず急峻な地滑り地帯。

どうしても石で固めなければ住めないような状況もある。

しかし、ここに住んで田を作り、水や山を管理する腰の曲がった農夫の仕事がどれほど治山治水に貢献していることか。

 

今年は何事も起こりませんように・・・毎年今の時期は祈るように空を眺める。

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15/07/06 21:52

花嫁の父に

名古屋市。

こんな高級ホテルに初めて泊まらせてもらった。

しかしそこは田舎者、数千円の食事をとる気にはなれず結局コンビニのおにぎり♫

 

今日は愛娘の結婚式。

前泊したので時間に余裕があり、市内を早朝ランしながら会場も見てきた。

 

お、威勢のいい声!駅のすぐそばにこんな市場があった。

 

披露宴会場。

吹き抜けの待合フロアではバイオリンの生演奏がされていた。じょうず!

プロの方ですか?とそっときいてみると、はい♪とうなずいてくれた。

 

式は近くの神社。

あいにくの小雨ではあったが濡れるほどではない。

教会式を嫌った親父に合わせてくれたのか、和風人間だったのかは知らないが、神社は落ち着く。

なにより式のために造られた教会や神前ではなく、本物の神社というのがうれしい。

 

そして披露宴会場。

お客様のテーブルにはおばあちゃん(私の母)が作った手織りが置かれた。

 

貼ってあるシールの内容はこんなもの。

入ってきて席に着いたお客様のおおっ!という声が聞こえたのがうれしい。

 

今が絶頂!人生最高の至福の瞬間。

 

自分だって結婚したのはついこの間のように感じているのに、こうして客観的に見るとオヤジになったんだな〜。

 

母の性格を受け継いで幼いころから明るかった娘。

自分よりも年下の男の子の親分になって仕切っていた娘。

八方美人で好奇心旺盛な娘。

自分の部屋で勉強することをせず、テレビを見ながら食事をしながら家族と団らんしながら常に教科書とノートを開いていた娘。

 

娘がいてよかった。

この子がいてよかった。

この子の親でよかった。

花嫁の父になれてよかった。

持ち前の明るい性格できっといい家庭を築いていくことだろう。

 

みなさんに感謝いたします。

ありがとうございました。

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