13/09/09 17:20

文化・スポーツの季節

 昨日(9月8日)の未明、念願の東京オリンピック2020年が決定しました。

 心よりお祝いしたいと思います。

 昨年の安倍政権誕生から、政治、経済、外交面など安心してみていられる政権運営がなされていると思います。

 オリンピック招致についても最終場面での落ち着いた、しっかりした対応が世界から受け入れられているのだという感があります。

 ぜひとも、万全の準備を行い次期東京オリンピックを成功させなければならないと思います。

                        

 さて、坂城町でも文化・スポーツの季節を迎え、種々の催しが目白押しです。

                                       

 昨日は、朝8時から大宮区、坂端区、日名沢区、新町区の葛尾分館4区対抗球技大会が行われました。 (降雨のため残念ながら室内競技のみとなりました)

 また、8時50分からは坂城勤労者総合福祉センターで 「第15回センター祭」 が開催され、オカリナ、コーラス、ダンスなど14グループの皆さんのステージ発表、陶芸、絵画など6種の展示・体験コーナーなど日頃の練習の成果が発表されました。

トーン・チャイムの演奏

太極拳(剣)の演技披露

                

 そのほか、鼠区、金井区、中之条区では敬老会が開催され、私も参加させていただきましたが、元気な高齢者の皆さんによる各種催しに花が咲きました。

                    

 あちこち、忙しい一日を過ごしました。

                      

 坂城町長 山村ひろし

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13/09/09 14:53

「第20回団地まつり」 開催

 先週の金曜日(9月6日)、テクノさかき工業団地組合(組合長:宮後睦雄氏)主催による 「第20回団地まつり」 が開催されました。

 このお祭りは団地組合傘下の各企業の皆さんのお祭りでしたが、第20回目を迎え、まさに坂城町の大きなお祭りの一つとして定着してまいりました。

 本日も南条小学校金管バンド部の迫力ある演奏に始まり、ゲスト歌謡ショー(浦京子&ハニーシックス他)、抽選会等が行われ、頭上の大花火がお祭りをさらに盛り上げました。

 

挨拶する山村           

以下、坂城町ホームページから

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9月6日(金)第20回団地まつり開催! テクノ団地まつりH2501

 

テクノ団地まつりH2501

▲南条小学校金管バンド部

9月6日(金)、テクノさかき駅前広場で、テクノさかき工業団地組合主催による「第20回団地まつり」が開催されました。

記念すべき20回目を迎えた今年の団地まつりは、南条小学校金管バンド部の迫力ある演奏に始まり、ゲスト歌謡ショー、お楽しみ抽選会が行われ、ビールやおつまみなどの屋台村もオープンし、駅前は大変な賑わいとなりました。また、まつりの締めくくりには恒例の花火大会が行われ、坂城の夜空に大輪の花が咲きました。

テクノ団地まつりH2502-04 

                         

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 坂城町長 山村ひろし

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13/09/09 01:05

坂城の100人 第24回目は中島銀右衛門

 坂城の100人 第24回目は中島銀右衛門さんです。

 中之条の国道沿いに 「中島銀右衛門」 さんを讃えた筆塚があります。

 先日もご紹介しましたが、国道沿いにあるため筆塚の痛みが激しく。

 6月から約2か月かけた修復作業が漸く終了いたしました。

                       

左から修復作業にあたる、文化財センター青木所長、時信学芸員、宮下学芸員

                           

 江戸時代、中之条地区には多くの文人が出ていますが、中でも有名なのが中島銀右衛門です。

 (文化3年 1806年〜明治16年 1883年)

               

 銀右衛門は、中之条陣屋によって教学人(教師)に命じられ、代官以下の役人の子や村人の子に漢籍や詩歌を教えました。

 門人の中で著名な者は、明治維新後子爵となった陸軍軍医の石黒忠悳(ただのり)がいます。

 忠悳は当時、陣屋手代の秋山省三(母親の弟)の家に母と共に陣屋で暮らしていました。

 忠悳の長男が忠篤(ただあつ)で、戦前・戦後を通じてわが国の農業政策を展開し、農業の神様とよばれた人物です。

 銀右衛門は門弟から慕われ、心温まる人であるばかりでなく、孤高の人、毅然として生きた人であったといわれています。(坂城町「ふるさと探訪」より)

 また、仁厚の人で、世の中が軽薄になり師弟の関係もだんだんと薄くなりつつあった時代に、門弟から慈母のように慕われたといいます。 (「坂城のいしぶみ」より)

                       

 碑の最期に詩が書かれています。一部のみ訳をご紹介します。

 「孤高の人、毅然として生きた人、こういう人こそ世の中へ顕彰すべきである。今ここに其の恩に酬ゆるために、馬のたて髪のような形をした筆塚をたてそれがそばだっている。いつまでも崩れず立っていてほしい。今我は碑文を作った。そしてこの碑を讃えて高野山のようだといいたい。」 (「坂城のいしぶみ」より)

 「いつまでも崩れず立っていてほしい。」 とあるように今回、補修をいたしました。

                          

 坂城には大きな功績を残された方々がまだまだたくさんおられます。

 これからもご紹介を続けていきます。

                     

                         

 坂城町長 山村ひろし

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