15/06/24 04:12

「坂城の100人」 第47回目は大川悦生さん

 「坂城の100人」今回は久しぶりに現代版で、大川悦生さんについて。

 現在、鈴木京香さん主演の映画 「おかあさんの木」 が上映されていますが、この物語の作者、大川悦生さん(1930年−1998年)は数多くの童話を書いた日本を代表する児童文学作家ですが、坂城町(旧村上村)出身であることはあまり知られておりません。

(大川悦生さんについては以下のウィキペディアをご覧ください。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E6%82%A6%E7%94%9F

              

 大川悦生さんが亡くなられた年に、元坂城町教育長 大橋幸文さんが 「ふるさと深訪」 に大川悦生さんについて詳しく書かれています。 以下、その全文を引用させていただきますのでご覧ください。

 また、現在、上映中の映画については以下のサイトをご覧ください。

http://hlo.tohotheater.jp/net/movie/TNPI3060J01.do?sakuhin_cd=011937

            

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(大川悦生さんについて 「ふるさと深訪」 大橋幸文さん記述。平成10年。)

              

 今年、三月二十七日、大川悦生が六十七歳の若さで亡くなられたことが伝えられた。 『信濃毎日新聞』 をはじめ、ほとんどの新聞は、すい臓がんに倒れた大川悦生を悼み、その出身を長野県坂城町と報じた。 悦生の父は、上水内郡三水村の出身であるが、母は旧村上村網掛の小林家 (現当主は悦生と従兄の小林教雄さん) の出である。 悦生は村上村で出生、東京で育ったが、第二次大戦中、最も多感な時代を網掛に疎開し上田中学に学んだ。 中学三年の八月、江田島の海軍兵学校へ入学し特攻隊員となるため、広島へ赴く直前に敗戦、このことが、戦争と平和の問題を基調とした悦生の児童文学の特色をなしている。

                 

                  

            

 いっぽう、民衆の立場に立脚した、民話・伝承に価値を見出して、沖縄から北海道にいたる民話の編集、研究書の執筆など意欲的な活動を展開した。 まさにふるさとの生んだ文学者であり、坂城町の誇りであった。

 大川悦生は、上田中学から早稲田大学文学部に学んでいる。 亡くなられて一か月後の四月二十七日、日本児童文学者協会の岩崎京子さんを実行委員長に、悦生とゆかりのある人々によって 「故大川悦生さん、お別れの会」 が開かれた。

                 

             

 各新聞は、このお別れの会についても伝えた(以下は一部要旨のみ)。 『読売新聞』は、がんの大手術を終えたあと 「これだけは伝えたい、伝えずには死ねない、という情熱を持ち続けること。それが生きた教育だ」 とある教育誌に悦生が書いた一節を紹介している。 また最後の一冊となった 『新訂子どもに聞かせる日本の民話』 の前書きに 「庶民が口づたえに伝えてきた物語りのなかにこそ、確かなものがある」 と記した一文を合わせて紹介した。

 『朝日新聞』 は、すい臓がんにむしばまれた体は、弱りきっていた。 歩くこともままならない。 それでも子どもたちに語るために、小学校や幼稚園に出かけた。 若いころから民話に興味を持った。 土地の民話を聞きに、全国を回った。

 自分の十五歳の時の敗戦の体験とも重なった。 戦争のありのままを、子どもに伝えたいとの思いを、生涯貫いた。 広島、長崎、沖縄に何度も出かけ、戦争と原爆を書いた。 弱くても必死に生きる人を愛した。 百七三冊の本を世に送ったが最近の風潮を憂えた。 野に在って、財と呼べるものは何も集めなかった。 多くの人に 「心の糧」 を与え続けた一生だった。 と書いている。

 大川悦生の代表作の一つ、 「お母さんの木」 は、各社の国語教科書に二十年近く取り上げられた。 県内で最も多く採用されている光村図書の五年生の教科書にも掲載され、多くの子どもたちが親しんだ。 中学三年の教科書には、日本を考えるというテーマの一つとして、 「大歳の夜来たもの―笠地蔵をめぐって―」 があった。

 いま使用している教科書には載っていないが、エコール(図書館ネットワーク)で検索すると、大川悦生の著作は、二一七冊(内坂城町立図書館に四七冊)あり、 「現代に生きる民話」 『へっこきじっさま一代記』 「広島・長崎からの伝言』 などいつでも読むことができる。

 雑誌 『信濃教育』 の今年の一月号から 「信州の教師に伝えたいこと」 の大川悦生の連載が始まったが、三月号での中断は惜しみてあまりある。 訴えは歴史を忘れ、生きる意味さえ見失いつつある私たちへの警鐘であった。

 戦後五十三年、日本は平和であったが、世界には戦乱が断えることなく続いている。

 この現実をしっかりみつめ、教師も子どもも親も、大川悦生の作品を読み続けなければならない。 (大橋幸文)

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 坂城町長 山村ひろし

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