21/10/01 00:23

花の首飾り

虎屋店主です(=^・^=)
花の首飾りを付けて栗拾いに行きました。毎日暖かくて良いお天気で幸せいっぱいです。

虎屋ってご存知でしょうか? 東京の老舗羊羹店です。
濃厚な味で父の好物でしたが、私の好みではありませんでした。
箱ばかり立派で、なんと木箱に入っていました。中身より箱のほうが高い?(笑)
もちろんお値段も超一流! 自分で買ったのではなく頂き物だったと思います。
箱は今も大切に利用しています。

箱の話を出した理由ですが、これです。
父の遺品を整理していたらすごい物を見つけました。
吉田茂の著書です。
なんと立派な箱が二重になっていて(@_@;)

しかし開いて見ると字が大きい! ページ数が少ない。
なんだこりゃ??
昭和37年に2000円!! ラーメン1杯50円の時代ですよ。
これはあまり読む気にならないので、同じく吉田茂の別の本から読み始めましたが、内容が濃く素晴らしい!
どちらも今は入手困難、図書館でもなかなか見つからないでしょう。お宝です。

吉田茂は総理大臣であった以前に、激動の昭和初期の外交官としての経験が長く、世界各国で仕事をしました。
たぶん数カ国語がペラペラだったのでしょう。
とくに中国勤務が長かったので、大東亜戦争(太平洋戦争ではない)の真相を知っていたはず。
この本に機密事項を書いているとは思えませんが、熟読すれば、父が戦争でなぜあんなひどい目にあわなければならなかったのか?事情の一端が見えて来るかもしれません。
父が戦争で死んでしまっていれば、今私はここにいないはずです。

吉田茂についてネットで調べてみたら、父親は明治初期に板垣退助の自由民権運動に参加し、政治犯として投獄されました。
当時は主流派の伊藤博文と野党の板垣退助とが争っていました。
では息子の吉田茂も板垣退助派なのか?というと、どうも伊藤博文の思想に近いような。
しかし戦争末期には終戦に向けた工作をしたので、政治犯として投獄されてしまいます。
このことによって彼は敗戦時に東京裁判を免れました。

吉田茂の終戦交渉が実現していれば父の船が撃沈されることはありませんでした。
原爆投下はなく、南方諸島や沖縄での犠牲者も大幅に少なく、北方領土をはじめ国益も守れたはずです。
中国残留孤児やシベリア抑留の問題も生じませんでした。
ただ、満州と朝鮮半島と台湾は手放さなければならなかったでしょう。
しかし樺太の南半分は日本の領土として残ったかもしれません。相撲の大鵬はそこに住んでいましたが、終戦とともに命からがら逃げて来たのでした。
(ロシアと日本の事について書くのは延期にしました。浦島太郎のような面白い話があります)
外交官だった吉田茂は世界情勢が良く見えていたのですが、当時の政府や軍部には見えていなかった。神風が吹くと最後まで信じていたのでしょうか。
今となっては取り返しのつかないことですが。

 

キノコの季節、いよいよ本番です。初秋の味覚はショウゲンジ。
味覚?正露丸の味です(≧ω≦*) 正露丸も慣れると旨い?
見た目は松茸そっくりで食感も見事に松茸です。しかも大量に採れる。
嫌な味を消すために一度煮て煮汁を捨て、味噌と生姜で濃い味付けにしてみたらマアマアの味になりました。

ハナイグチが1本だけ採れました。
これはナメコのような味なので味噌汁に良いです。
クリタケが車のタイヤの根本からニョキニョキ。
庭の一角で大量に増殖中で嬉しいです。
上の2種とは違い、クリタケはとても良い香りがして美味しい。
ただ新鮮なうちだけです。火を通しすぎると風味が消えてしまうので注意が必要、冷凍保存すると不味くなってしまいます。
栽培できるのでスーパーにもたまに売られています。

2種のキノコと茄子の味噌煮。これは美味しかった。
茄子は事前に油で揚げてあります。油揚げとタコ、岩下の生姜漬も入っています。

カテゴリ[ 読書]   コメント[10 ]   トラックバック[0]