17/02/28 20:48

本田さんの星が帰って来た☆彡

今回は文章がちょっと長くなりますが、
天文学に興味ない方は「読み物」としてサッと流していただいて良いと思います。
日本が世界に誇る偉大なアマチュア天文家、本田実氏の伝記風に書いてみました。
生前に一度でいいからお会いしたかったです・・・
私が本田実記念館(倉敷天文台)を訪問したのは、お亡くなりになった6年後でした。

最近とても充実した生活を送っています。
その理由は中央右下の青く輝く星。

よく見ると普通の星と違って少し大きい丸です。
左上方向に淡い尾があるような・・・

昭和23年に本田実氏が発見した彗星です。
本田氏が亡くなられた今も5年周期で帰って来る、本田氏を永久に記念する星、素晴らしい事ですね!
(大多数の彗星は一度きりで、宇宙の彼方へ消えてしまって帰って来ません)

本田・ムルコス・パジュサコバ彗星。
彗星の名前は、発見の早い順に3名の名前が付くことになっています。
私は今年初めて見ることができました。嬉しくて夢のようです!
上の写真は元日の撮影です。夕方の西空低くに見えました。

今迄は何度もチャンスがあったのに技術が未熟だったり、市街地に住んでいたので星が良く見えず、ダメでした。
この土地は気候が厳しくて住みにくいですが、空が澄んで星がよく見え昔からの夢が叶いました。

41歳当時の本田さんです。倉敷天文台勤務でした。
(彗星ガイドブック;関勉著より)
昭和29年ですから、こんなラフな服装で、飾らない気さくなお人柄を感じさせます。
晩年は幼稚園の園長先生をされていました。

本田さんが戦前から昭和40年頃まで使用していた望遠鏡。
木で自作された四角い筒です。
この質素な望遠鏡で多くの新彗星を発見されました。
(反射望遠鏡の作り方;木辺成麿著より)

倉敷天文台を訪問したときに、実物が展示されていました。
上に並べられたメダルはドノホーメダルです。
新彗星発見者にアメリカ太平洋天文学会から贈られる物です。

※一個の新彗星を発見するのに要する観測時間は正味500時間と言われています。1000時間でも発見できないことがあり、大変な仕事です!

ムルコス、パジュサコバ両氏はチェコスロバキアの人です。
パジュサコバさんはこの分野では珍しく女性です。
厳しい気候のタトラ山地の、この天文台で活躍されました。
(彗星ガイドブック;関勉著より)
今はチェコとスロバキアと別の国になっていますが、この天文台の場所はスロバキア国です。
※彗星ガイドブック、反射望遠鏡の作り方、どちらの本も残念ながら絶版です。

本田さんは敗戦で希望を失っていた日本国民に明るいニュースを提供し、多くの人々を勇気づけました。
そして本田さんは多くの後輩を育て、昭和40年代には世界中の彗星発見の大半を日本人が独占するようになり「彗星ニッポン」と言われるほどになりました。
本田さんが発見した新彗星は12個、新星が11個です。
これは昭和45年当時現役の観測者としては世界一でした。
これらの功績により倉敷市の名誉市民賞を受賞されました。
故郷の鳥取県八東町名誉町民賞も。

有名な逸話があります。
徴兵されてシンガポール滞在中の昭和17年にも彗星を発見し、幸運にもその電報が東京天文台に届き、新聞にも掲載されて、戦地での彼の無事を家族が知ることができたのです。

本田・ムルコス・パジュサコバ彗星は、
1月下旬には太陽に接近して見えなくなり、夕方の空から明け方の空に移動しました。
しかし地球に大接近した2月初旬には悪天候で見ることができず、
その後晴れたので何度も探しましたが、暗くなってしまっていて見つかりませんでした。しかも彗星は毎日少しずつ移動するので、予報位置が発表されていても見つけるのが大変です。

25日には空が澄んで特別に星が綺麗でした。
粘り強く探した結果、霧のように淡く拡散した彗星を、ついに見つけました! 感激です。
この写真ですが、よく見ないとわかりません。中央部に左右に広がった淡い雲のような物があります。
PCの画面を斜めから見ると良く見えます。
10等級で大きさは20分と目測しました。月が30分ですから、それに近い大きさですが、とても暗くて見つけるのは至難のワザです。
今後は地球から遠ざかって急激に暗くなる予報。これがたぶん最後のチャンスだったでしょう。
見つけることができて、本当にラッキーでした!

彗星は太陽に近づくと気化してガスになり、このように大きく広がります。完全に蒸発・消滅してしまう彗星も多いのです。
1月初旬と比べるとまったく別の星のような外観になりました。

このような天体は、天文台の大きな望遠鏡でもなかなか見えないものです。小さい望遠鏡のほうが視野が広いので、よく見えることがあります。

写真は、一番上のも同じですが、望遠鏡は通さずにカメラレンズ(135mmF2.8)のみで撮影しました。
追尾に失敗して星がダルマ型になってしまいました。iso3200で露出31秒です。

彗星は雪玉のような物だと言われています。
水があるので地球上の生命の起源だという説があります。
つまり彗星はたまに地球に衝突するのです!
それほど彗星は数が多い。例えば今年は64個の彗星が予報されています。他に新彗星も来るでしょうから100個以上になると思います。
しかし私が見ることができるのは、たぶん3〜4個でしょう。
今は、地球に衝突する心配のある彗星や小惑星をいち早く見つける目的で、巨大なロボット望遠鏡が次々と彗星を発見します。
本田さんの頃と時代は大きく変わりました。

私が彗星用に使っている望遠鏡です。
視野が広くて、オリオンの三ッ星が同一視野に入ります。
いろんなメーカーのパーツを組み合わせて自作したオリジナル品で、とても使いやすくできています。
黒いプラ板は周囲からの邪魔な光を防ぐための物です。
昭和初期に流行ったようなレトロなデザインにしました。
いわゆるイギリス式というタイプです。最近はすっかり姿を消してしまいました。
口径13cmなので普通なら重量15kgぐらいのところ、7kgに軽量化しました。片手でひょいと持ち上げて外へ持ち出すことができ、急に晴れたときにもすばやく対応できます。

本田実氏についての詳細情報は、こちらのサイトにあります。
星尋山荘
http://www8.plala.or.jp/seijin/
学歴については書かれていません。今では考えられないことですが、昔はご本人の力量が高ければ、学歴や資格に関係なく天文台の職員として採用されたのですね。
これは少年時代の本田さんが京都大学の山本一清博士のご指導を受け、熱心に観測報告をされたのが大きかったと思います。
山本博士は謙虚な方で、権威主義とは正反対の、真に偉大な先生だったという話です。多くの若者を自宅に招いて懇切丁寧にご指導され、天文台に住み込みで働く若者もいたらしい。

本田氏の後継者として、大きな功績を上げられた関勉氏も池谷薫氏も、大学は出ていません。他にも立派な方々が大勢おられます。
無給でボランティアで世界的な研究・発見をされる方が多いです。これは日本の天文学界の素晴らしい底力だと思います。

天文学の各種最新情報はこちら。
アストロアーツ
http://www.astroarts.co.jp/index-j.html

 

さて、今回はカタい話になってしまったので、トラちゃんのお尻尾とお手手をどうぞ〜♪
トラちゃん、将来は天文学者かな?(笑)
今はまだ小学校5年生で〜す(=^・^=)

先日の朝、テラスにこんな可愛い足跡が!
誰でしょうか?
本をめくって調べてみたら、どうやらリスちゃんのようです。
リスにしては足がずいぶん大きいですが、4つ同時に着くのはリスなんです。
このへんのリスは大きくて、ウサギほどもあると言ったら大げさですが、意外と大きいんですよ。
外にピーナツを置いてありますが、全然食べる気配ありません。

最後まで見てくださって、ありがとうございました。

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