21/08/20 04:53

大正ロマン

昭和初期から大正へ。
前回いただいたコメントで「大正ロマンが好き」というのが良かったので、それでテーマにしました。
書きたい事が多くて、すごく長くなってしまったので大幅に切り詰めました。
機会があればまた特集したいと思います。

最初に季節の話題を。
フシグロセンノウ(ナデシコ科)が咲きました。植えたらどんどん増えて嬉しいです。

ツリガネニンジン(キキョウ科)道端にたくさん咲いています。

チビ蛙、去年までは蛙になる直前にほとんど全滅状態になってしまっていました。
泳ぎ疲れて溺死してしまうらしい。
蛙が溺死!?ちょっと考えにくいことですが、今年は手足がはえたのは浅いトレイに移してやったら無事に蛙になって上陸して行きました。
手がかかります。
そのうち「蛙の恩返し」大勢で押し寄せて来るかも(汗)
可愛いけど、もう庭の小さな池では面倒見きれません。


ここから本題です。
大正と昭和。結論から言うと、豊かで楽しかった庶民の生活を戦争が台無しにしたということです。
こういう事は二度とあってはなりません。

驚いたことに、大正末期には今とほとんど同じ”文化生活”が実現されていました。
貧富の格差は大きかったと思いますが、母から聞いた話でも祖母の実家へ遊びに行くと、実際にあの「小さいおうち」と同じような豊かで楽しい生活。
自分の家とは別世界で羨ましかったそうです。

大正から昭和初期の面白い広告です。
古本屋で見つけた本がとても面白いんです。

これは前回の「小さいおうち」そっくり。
当時の小市民の憧れの生活だったのでしょう。
ソースという調味料は当時すごく新しい物でした。
大正時代の洋食いいなあ。カツレツって?
トンカツとは違って薄い牛肉のカツなんだそうです。
銀座の柳の下で、銀ブラです。

カルピスは古い歴史があります。この黒人をモチーフにしたイラストは人種差別だとかで最近になって廃止になりました。
とてもチャーミングで良いと思うんですが。
このパンは食べたくない。少年の顔が不気味ですよね。とてもまずそうだ。
カメヤというのも変。昔からの屋号なんでしょうけど亀とパンは馴染みません。
このパインも食べたくない。怪しい雰囲気です。
この少年、酒乱のオヤジのように目がすわってますね(汗)

トラちゃんのライバル!いい勝負ですね(笑)
どっちが凛々しい?
この映画を見に来た人に森永チョコレートを進呈!
という広告です。
そんな昔から森永チョコレートがあったのですね。
しかし昭和20年が近づくと姿を消してしまいました。

大正ロマンというと洋館ですが、
私の故郷にはこんな美しい洋館があります。今は農協になっていますが、元々は何だったんでしょう。

こちらは元々は役場でしたが、今は絵の展覧会などが開かれます。
長野県須坂市は小さな町ですが、大正から昭和にかけて生糸で栄え硫黄鉱山の出荷場でもあり、県庁所在地である隣の長野市よりも栄えていたほどでした。
東京の大手財閥系企業から商談に訪れる偉い人を接待するために高級料亭が立ち並び、腕の良い料理人が集まって来ました。芸者さんも大勢いました。
かつての栄華はどこへやら。今は商店街もさびれ、静かな住宅街です。

この洋館は県内最高レベルの文化財です。
ここからは遠い佐久市(車で3時間)の中込学校です。
数年前に行って来ました。
これが小学校だったというんですから驚きです。
洋風建築に不慣れな大工さんで、お金もかかりすぎて途中で頓挫しましたが、長い年月をかけて完成しました。

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21/08/13 06:01

小さいおうち

数年前にNEccoSunさんのブログで紹介された本ですが、
終戦の日を前に再度ここでもご紹介します。
2014年、山田洋次監督によって映画化されました。

この表紙のデザインがとても良いと思います。
イラスト・いとう瞳、デザイン・大久保明子と記されています。
NEccoSunさんのブログでは上流階級のハイカラな言葉づかいが話題になりましたが、いろんな切り口があって何度読んでも面白いです。
少なくとも5通りぐらいの切り口があると思います。
私はここでは「生活水準」をテーマにしてみたいと思います。

題名とは違って小さくはない豪華なお家です。
この家に住み込みで働いていた女中さん(家政婦)の目で見た東京の「ハイカラな生活」が生き生きと描かれています。
8歳年上の奥様に憧れていて2人は仲良しでした。
この人は小学校を出たばかりで東北から出て来たのでした。そして3軒目のお勤めでこの家に落ち着きました。

昭和初期の大衆文化です。こんなに楽しかったんですよ。
今とほとんど変わらない生活、いや、もっと豊かです。
昭和5年から昭和15年頃の日本はこんなに豊かだった!?
本当でしょうか?ちょっと信じられません。戦争の暗い影ばかり想像してしまうし、貧富の格差も大きかったはず。

私の家にも昔は女中さんがいました。
弟が生まれたときに母の実家から家事を手伝いに来てくれていました。福島出身でまだ高校生ぐらいの年齢で、子供のような背の低い女性でした。
その後故郷へ帰って結婚しました。こういうパターンが多かったようです。
母の実家は商売家で大家族だったので、女中さんが必要だったのです。
女中さんを雇うのは当時は珍しいことではありませんでした。

「小さいおうち」のご主人は中小企業のサラリーマンでしたが、輸出が好調で上昇気流に乗っていて、昇進して幹部になりました。
家族で時々都心のレストランに出かけて美味しい物を食べたり、ちょっと高級な洋菓子などをお土産に買って帰ったり。
女中さんは料理の腕をみがき、家庭に豪華な食卓を提供するために買い物にも工夫を凝らし日々努力していました。
昭和初期なのにクリームシチューなんか作って食べていました。鎌倉まで海水浴に行きました。

今の日本ではこれは上流階級の生活だと思いますが、ここでは「中流」ということになっています。
戦前の日本の生活水準はこんなに高かったのでしょうか。
もちろんこれは東京での話ですが。

こんな楽しい平和な暮らしでしたが、昭和20年が近づくと急激に悪化します。それでも寸前まではデパートでは「戦勝記念」とかで華やかな大売り出しをしたり。
戦況の悪化が庶民には気づかれないようになっていました。

可愛がっていた柴犬を国に供出させられ、泣いていた子供の話がありました。
なぜそんなひどい事を!?
大型犬は軍用犬に、小型犬は毛皮を兵隊さんの防寒着にするという話でしたが、実際には利用されず殺処分されたらしいです。
本当のところは、食糧難の折ペットなど飼っている場合ではないという事だったのでしょう。

最後にはこの家は空襲で焼けてしまって、防空壕に避難していたご夫婦も亡くなってしまいます。
たまたま外出していた息子さんがただ1人生き残りました。戦災孤児となり遠くの親戚に引き取られました。
女中さんも帰郷していて助かりました。

本当にあった話なのか、フィクションなのか?
私はこれは実話だと思います。

もし戦争がなければ、あの頃の日本がその後も順調に成長を遂げていたのなら、どんな社会になったでしょうか?
東京オリンピックも当初の予定どおり1940年に開催されて大好評だったはず。
そして昭和20年代には世界に冠たる素晴らしい先進国になったはずです。経済だけでなく文化的にも豊かな。
戦争で多くの若い優秀な人材を失ったのは、国にとって大きな損失でした。

トラちゃん、悩み多い顔をしていましたが、次の瞬間には幸福そうな寝顔に。

 

コオニユリが咲きました。
オニユリはやたら増えますが、コオニユリはなかなか増えません。高原に咲く貴重な花です。
昨日早朝のラジオで「今日の誕生日の花オニユリ、花言葉は荘厳」と言っていましたが、ネットで調べたら8月12日は少数派で他の日のほうが多かったです。
誕生花なんていいかげんなものですね。花言葉も他にいろいろありました。
オニユリのユリ根はお正月料理に珍重されます。
ヤマユリも食べられますが、苦くて美味しくないそうです。
桔梗も咲きました。お墓参りにはオレンジ色と紫で良い組み合わせです。しかしコオニユリはもったいなくて切れません。
桔梗は秋の七草ですね。

ススキの穂も出てきました。

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21/08/06 01:02

オリンピック

ドイツ在住のpilさんのブログに、ドイツ選手金メダルのお祝いコメントをしたので、それ関連の話題です。
49年ぶりということになります。それでも同種目で2回金というのは素晴らしい。日本では考えられない事です。
最後の最後に奇跡的な大逆転劇、記録は7m00でした。
2位とはたった3cmの差、そして2位と3位は同記録でした。
女子走り幅跳びです。前回のドイツ人金メダリストは72年ミュンヘン大会のときの、この人。
こんな昔に7m近く跳んだのですから凄い! 模範的な美しい跳び方です。

この当時私は高校1年で陸上部に入ったばかりでした。
それで初めて買った本がこれでした。
陸上は初めてで何も知らなかったんです。
野球部に入ろうかと思いましたが、練習時間が長くて厳しそうだし、隣の市から電車通学なので大変だし。
陸上部なら個人種目なので自由で良いし、この高校は指導者がいなくて生徒だけでテキトーにやってたので気楽にできそうと思ったのが動機でした。
そういう軟弱な動機でしたが、実際には想像以上に軟弱な陸上部で、幽霊部員ばかり。いつも活動しているのは5人ぐらいでした。
練習しないでいきなり試合に出るので、当然負けます。
集合時間も決まっていなくて、自分の種目に間に合うように来て、終わればサッサと帰って行く。

セピア色に変色した新聞、1977年です。
現在の日本記録は1m96。まだ追いついていません。
今回の五輪、女子は一人も出場できませんでした。
現在の世界記録は2m09で、もう34年も破られていない古い記録です。

私の専門はこの種目でしたが、日本ではすでにベリーロールの時代は終わって背面跳が100%でした。
優劣はほとんどありませんが、ベリーロールは難しすぎるので敬遠されました。

こちらも72年のミュンヘンで優勝したドイツの選手。なんとまだ16歳でした!
これは私はテレビで見ていた記憶があります。「背面跳ってこうやって跳ぶんだ」と思いました。
この選手はその後長いスランプに苦しみましたが、30歳近くなって見事に復活!
2m以上まで記録を伸ばし、金はとれなかったと思いますが再びメダリストになりました。
しかし身長が184cmというのはすごいですね。日本にそんな長身の女性はいません。
西ドイツ、東ドイツというのも時代を感じさせます。

うちの娘も同じ16歳ですが、結構跳びますよ(爆)
後ろから見ると鉄腕アトム。
綺麗に坊主刈りになっています(笑)

こちらは昭和初期の日本人選手。
この跳び方で2m07を跳んだのですよ!
これは世界記録でしたが、オリンピックでは実力を出せず6位に終わりました。
はさみ跳び(正面跳)という跳び方で、小学生のときに授業で教わるあの跳び方を少々改良したものです。
バーをまたいだ後、体をひねりながら手前に寝せるようにして苦労して抜き足をします。
足が引っかかってしまうことが多い。それ以前に高いバーの上までジャンプして足でまたぐのが大変です。

背面跳に比べると約20cmのハンディがあるので、この人がもし背面跳で跳んだら今でも第一線で活躍できるはず。
当時はグランドコンディションもシューズも劣悪だったので、それを考えに入れると、さらにプラス10cmになります。
つまり2m37が跳べる計算になり、今回の五輪でも金メダルです!
昔も今も人間の能力ってあまり変わっていないのですね。

下に山田宏臣という名前が見えますが、朝隈先生が育てた選手で68年メキシコ五輪で決勝進出。幅跳びに日本人初の8m越えを果たした人です。
京都の知恩院の石段上りで鍛えました。
そして今回の五輪では橋岡選手が8m10を跳んで6位入賞。伝統は見事に継承されています。
知恩院の石段は聖地なので、私は京都までわざわざ見に行きました。普通の石段より幅が広くて傾斜が緩いんです。
だからトレーニングには最適。

これは自分の名前が載っているので記念になります。
出させてもらえただけで光栄です。
各種目15人ぐらいに招待状が届いて、この中で3位以内に入ってさらに五輪参加標準記録を越えた人が代表に選出されます。このとき基準をクリアできたのは1人か2人でした。
(0という種目のほうが多いんです)
五輪標準記録は大変に厳しいもので、五輪本番で8位以内に入るぐらいのレベルです。
標準記録をクリアしていても本番で実力を発揮できる人は5人に1人ぐらいです。
つまり世界から40人出ても勝ち残るのは8人ということです。勝負の世界は厳しい!

モスクワ五輪は日本はボイコットしたので「幻の五輪」でした。ソ連のアフガン侵攻問題でした。
その後アメリカが軍を送り込んで、今は撤退。しかし問題は解決していません。先日大きな爆発(テロ事件)がありました。

オリンピック自体にも問題がいろいろ多く、もう曲がり角に来ているので、今度からは毎回アテネでやったら良いのでは?
という論調も出て来ているそうです。

 

裏庭のヤマユリが見事に咲きました! 花は巨大です。
2株で11個も咲いています。香水のような香りが庭全体にたただよっています。特に夜は幻想的です。

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19/09/27 02:53

めでたく売れました!

本題に入る前にトラちゃんの爪とぎを(=^・^=)

向上心が感じられる爪とぎ姿勢ですね(笑)
今回はマニアックなクラシックカーの話題なので、スルーしていただいて結構ですよ (^_^)/
ワンちゃんの話とキノコの話、イタリア製バイクの話もあります。

長いこと庭に置いてあった2台のクラシックカー(箱型スカイライン)ですが、うち1台がご近所の方とめでたく商談成立(^O^)/
もう1台は自分用です。中古で買って10年以上乗った愛車なので記念にずっと残しておきます。
ちなみに、ここでは雪が降ると実用になりません。4WDではないので雪道には弱いのです。
この車に昔から憧れていたとの事で、1年前から「譲ってください」と言われていました。
若いアメリカ人です。奥様は日本人で地元の方です。
本当に価値をわかって大切にしてくれる人なら無料で差し上げたいところですが、タダというのは何かと問題あるので格安でお譲りしました。
涙を流して喜んでおられました。

希少車なので店で買うと非常に高価です。東京か大阪に行かないと買えないと思います。
ネットオークションなら見つかりますが法外な高値がついていて、昨日初めて見て驚きました。
50年近くも昔の車ですが程度が良く、すぐに車検が取れそうです。
輸出されていなかった車種なので、アメリカではプレミアがついて恐ろしく高値なんだそうです。

車の年齢より若い人です。
自分が生まれる前の車に乗るって・・・不思議な感覚ですね。
それを今でも現役で走らせることができるんです。
部品は今でも入手できます。まったく問題ありません。

10年動かさなかったので、ブレーキが固着して車輪が回りません。
ブレーキを分解して動くようにします。
さすがに手慣れたものです。彼はアメリカでは整備士の仕事をしていたのだそうです。

後ろ姿。レーシングカーのような板羽根が付いています。
昭和40年代にレースで50連勝した車種(GTR)を真似たスタイルです。
これは公認がとれている改造車で、エンジンは2000ccから2800ccに換装されています。申し分ないパワフルな加速性能です。
GTR以上の高性能車、しかも整備は簡単で維持費が安く耐久性が良い。
事故歴はなく、ボディやフレームのサビはまったく問題ないレベルです。
大切にすれば一生乗れるかもしれません。
当時のエンジニアたちの魂がこもった、まさに芸術作品!
今は残念ながらこんな良い車はありませんね。どれも皆コスト重視で利益優先です。
この価値を理解してくださる外国人がいたという事は本当に嬉しいです。

私が自分で20年前に塗装したのですが、耐久性バツグンです。
若い頃塗装工場で修行して、技術を覚えました。
塗装したままで表面はまだ磨いてなかったので、部分的に磨いてみました。
鏡のようになりました。

ボンネットは変色してしまいましたが、表面のツヤは鏡のようで平面性も良い。
大切にしようとカバーをかけたのがいけませんでした。内部に湿気がこもって蒸れてしまうのです。
完全野ざらしのほうがずっと長持ちしたと思います。
もちろん屋根付き車庫が理想ですが。

耐久性に優れた美しい塗装は、下地段階で丹念に水研ぎをした努力の成果です。
塗装の出来は下地作りの作業で9割が決まります。
下地に手抜きをすると短期間で塗膜が剥がれたりサビが出たりします。
焼き付け塗装ではなく20年以上も雨ざらしでワックスもかけてないですが、全然問題ない耐久性です。
もちろん塗料はプロ用の業務用で、硬化剤と混合させ化学反応で硬化させる2液型ウレタン塗料です。(関西ペイントPG80)
硬化すればシンナーで拭いても溶けません。
これは旧型塗料で安価ですが、手抜きをせずに丁寧な作業をすればこのように仕上がりも耐久性も良いのです。
ところが一般に板金塗装工場ではお客から「安く安く!早く早く!」
と要求されるので手抜きをしてしまいます。

この年代の車は、戦争から辛くも生還した私の父たちの世代が、日本の復興を期して頑張って不眠不休で作り上げた努力の結晶です。
世界に冠たる日本車の地位を確立し、高度経済成長の礎となりました。もはやこれは立派な文化遺産だと思います。

彼は日本に来てまだ3年。日本語はようやく少し話せるようになりました。
ペルー生まれで8歳のときに家族でアメリカへ移住、結婚後はペルーに5年住んだ後に奥様と愛犬とともに日本に移住しました。

ワイヤーロープで引っ張ってバックさせ、道路に出られるよう準備します。
エンジンがかからないので、ワイヤーロープで牽引して運びました。

めでたく到着。歩いて5分ぐらいの距離、ご近所さんで本当にラッキーでした。

ブロ友のしーなさんが喜びそうなイタリア製の大型バイク(750cc)もお持ちです。
同じイタリアでも旦那様が乗っているディアベルではありません。私はバイクのことはわからないので名前は忘れましたが、フェラーリのエンジンが搭載されているのだとか。
イタリアンレッドが美しい。
ステンレス製のマフラーが程良い焼け具合で美しく、サウンドも痛快でした。
アメリカでは高価だそうですが、日本ではあまり認知されていない車種なので、思いのほか安く買えたそうです。
新しく見えますが、20年も前の製品です。

愛犬オルフェ君は4歳。外国へ連れ出すのは手続きが面倒で大変苦労したとのこと。
ペルーの犬種なので日本では珍しいのだそうです。
私は子供の頃から犬が苦手ですが、オルフェ君とはすぐに友達になりました。とってもお利口で、すごい甘えっ子です。まだ精神年齢はBABYだと言っていました。まったくそのとおりです(笑)

しーなさんが来てくださったので、
マニアックなバイクの写真を追加です(^O^)/

pilさんが喜びそうなキノコの話題も。
庭に生えた大きなキノコ。
たぶんツチカブリだと思います。シロハツかもしれません。
毒ではありませんが、不味い。
とくにツチカブリは苦くてひどい味です。シロハツなら少しはマシですが、美味しくない。
今年のキノコ、今のところロクな物がありません。

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