11/06/26 21:54

老子の続き(第6章)

 この章では道の源泉を昏々と水の出ずる谷に喩え、さらに生命の源である女性に喩えて説明しています。いわば、道の働きを ”動態的創造活動” としてとらえています。
 
谷神不死、是謂玄牝玄牝之門、是謂天地根。綿綿若存、用之不勤。
 谷神(こくしん)死せず、是を玄牝(げんぴん)と謂う。玄牝の門、是を天地の根と謂う。綿々と存するが若く、是を用ふれども勤れず。
 
道のおおもとは谷の神の様です。いつまでもたえることなく水を湧き立たせています。これはまるで神秘的な女神のようです。この神秘的な女神がものを生み出す女陰を玄牝(げんぴん)の門と言い天地の根源のようであると考えられます。この様に道の根源からはいつまでもいつまでも絶えることなく溢れ続けるのです。 
 
  坂城町長 山村ひろし

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11/06/19 22:15

老子の続き(第5章)

第5章です。

ここでは大自然の働き、自然の道理、無為の大切さについて述べています。

  天地不仁、以萬物爲芻狗。聖人不仁、以百姓爲芻狗。天地之?、其猶槖籥乎。虚而不屈、動而愈出。多言數窮。不如守中。

 

  天地不仁、萬物を以て芻狗(すうく)と為す。聖人不仁、百姓(ひゃくせい)を以て芻狗と為す。
天地の間、其れ猶(な)お藁籥(たくやく)のごときか。
虚にして屈(つ)きず、動きて愈々(いよいよ)出ず。
多言は数々(しばしば)窮(きゅう)す。
冲(ちゅう)を守るに如(し)かず。

 

大自然は自然の道理に従っています。従って、仁とか愛とか言うレベルで動いてはいません。万物をあたかも芻狗(すうく 藁で作った犬)のように使い捨てにするものなのです。聖人もおなじように人々を芻狗のように扱います。つまり、ことさらに甘い言葉を使ったりオベンチャラを言ったりはしないのです。常に無為の状態で人々を自然に扱うのです。天と地の間は無限で、あたかも鞴(ふいご)のように中は空っぽでもいくらでも空気があふれ出てきます。一見、温かいうわべの言葉には注意をする必要があります。多言は慎み無為の状態を保つことが大切です。

 

 以上。

坂城町長 山村ひろし

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11/06/11 15:43

老子のつづき (第四章)

今日は老子の第四章を見てみましょう。

   道冲而用之、或不盈。淵乎似萬物之宗。挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。湛兮似或存。吾不知誰之子、象帝之先。

    「道は冲(ちゅう)にして之を用ふるも、或(ひさ)しく盈(み)たず。淵として萬物の宗に似たり。その鋭(えい)を挫き、其の紛を解く。其の光を和らげ、其の塵に同ず。湛として存するに或るに似たり。吾、誰の子たるを知らず。帝の先に象(に)たり。」

 

   「道」は誠に大きな存在で、大きな大きな空洞のようなものですがその働きは無限で、尽きることはありません。深々としていて万物の根源のようです。また、何か目立っているわけでもなく、何事でも解決してくれるのです。穏やかな光で塵のように静かにじっとしています。 あるいは深く湛えられた水のように泰然としています。私はそれが誰の子なのかということは知りませんが、大昔の天帝のさらに祖先のようにも思えます。

ここでは、大宇宙、あるいは大自然の根源、「道」について別の言い方で表現しています。

「道」はとてつもなく大きな存在であるけれどもごく自然に何事も解決してくれるものだと言っています。目立つわけでもなく、まさに無為自然に物事を解決してくれるようです。静かに落ち着いているさまを「光を和らげ、其の塵に同ずる。」とも言っています。(和光同塵) なかなか人の行いとしてこういう行動はとれませんね。

 坂城町長 山村ひろし

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11/06/05 23:00

老子の続き 第三章から

今回は第三章です。重要なところなので若干長文ですが全訳します。

   

     不尚賢、使民不爭。不貴難得之貨、使民不爲盗。不見可欲、使民心不亂。是以聖人治、虚其心、實其腹、弱其志、強其骨。常使民無知無欲、使夫知者不敢爲也。爲無爲、則無不治。

  

   賢を尚(たっと)ばざれば、民をして争はざらしむ。得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗を為さざらしむ。欲す可きを見さざれば、民の心をして盗を為さざらしむ。欲す可きを見さざれば、民の心をして乱れざらしむ。是を以て聖人の治るや、其の心を虚しくして、その腹を實し、其の志を弱くして、其の骨を強くし、常に民をして無知無欲ならしめ、夫の智者をして敢て為さざらしむ。無為を為せば、則ち治まらざる無し。

   政治家あるいは社会のリーダーが、頭でっかちの利に聡い人間ばかりを優遇することを止めれば、極端な受験戦争や出世争いなどは少なくなります。又、身分不相応な財貨にうつつを抜かすような暮らしぶりをたしなめるようになれば、犯罪を犯すことも少なくなります。ことさらに欲望を誘うようなことも少なくなれば、人々の心が乱れることもありません。聖人が政治を行えば人々が素直な心を持ち、質実に生活を豊かにし、よからぬ思惑を持つことを少なくし、背骨をしっかり伸ばし、つまらぬ欲望や、知識偏重でない健全な心持を持つようになり、人々をたぶらかそうとする不誠実な評論家のような人間の跋扈を許さないようになります。「無為」の状態になれば万事うまく納まるのです。

  以上。

坂城町長 山村ひろし

 

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