12/08/29 03:37

老子の続き(第64章)

 この章には重要なメッセージが多く含まれています。

 1.「第一歩の重要性」 2.「無為」の大切さ 3.「終わりを慎む」 です。

 いささか長文ですがお付き合いください。

                                    

 其安易持、其未兆易謀。 其脆易破、其微易散。 爲之於未有、治之於未亂。  合抱之木、生於毫末、九層之臺、起於累土、千里之行、始於足下。 爲者敗之、執者失之。 聖人無爲、故無敗。 无執、故無失。民之從事、常於幾成而敗之。 愼終如始、則無敗事。 是以聖人欲不欲、不貴難得之貨。 學不學、復衆人之所過。 以輔萬物之自然、而不敢爲。

                             

 其の安きは持し易(やす)く、其の未(いま)だ兆(きざ)さざるは謀(はか)り易し。 その脆(もろ)きは破り易く、其の微(び)なるは散じ易し。 之を未だ有らざるに爲(をさ)め、之(こえ)を未だ亂(みだ)れざるに治む。 合抱(がふほう)の木も毫末(がうまつ)より生じ、九層の臺(うてな)も累土(るいど)より起こり、千里の行(かう)も足下(そっか)より始まる。 す者は之を敗り、執(と)る者はこれを失う。 聖人は、無爲なり。 故に敗るること無し。 執ること无(な)し、故に失うこと無し。 民の事(こと)に従うや、常に幾(ほと)んど成るに於(お)いてこれを敗(やぶ)る。 終りを慎しむこと始めの如くなれば、則(すなわ)ち事を敗る無し。 是(ここ)を以って聖人は欲せざるを欲し、得難(えがた)きの貨(くわ)を貴ばず。 學ばざるを學び、衆人の過ぐる所に復(かえ)る。 以って萬物の自然を輔(たす)けて、敢えて爲さず。

                                  

 

物事の安定しているうちは維持しやすく、まだ兆しの無いような状態なら対処がしやすいものです。 また、物事がもろいうちならばこなごなにすることもできます。 かすかなうちは散逸させてしまうこともできます。 物事のまだあるのだかわからないようなうちに対応し、乱れる前に治めてしまうことが大切なのです。 ひと抱えもあるような大きな木も毛先のような芽から発達するのだし、九階建ての大きな建物も小さな積み土から作られます。 千里の道も足元の一歩から始まります。 このような小さな一歩に気づかず欲望にかられ物事を行うものは失敗します。 また、同じように何かに執着するものはそれを失います。 一方、聖人は常に無為の状態にあので、決し失敗することはないのです。  さかしらに何かに執着することが無いので物事を失うこともないのです。 ところが反対に、普通の人はあと一歩のところで失敗してしまうことが多いのです。 終わりの段階でも初心を忘れなければ失敗することはありません。 そのようなことから、聖人は欲しないということを欲し、得難い財宝などを欲せず、学ばないということを学び、普通の人の通り過ぎた道という原点に立ち返るのです。 万物の自然の生き方を補佐して何事も必要以上に手を出すことをしないのです。
                              
                   
通俗的な価値観との違いを述べていますが、正に老子の真骨頂だと思います。 鑑にしたいものです。
                             
                 
坂城町長 山村ひろし

カテゴリ[ 5.「老子」関連]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

12/08/21 12:15

老子の続き(第63章)

 「爲無を爲(な)す」。 まさに老子のキーワードですね。 「爲無自然」、ことさらに余計なパフォーマンスなどせずに大自然の中、本質を極めじっと見守る。 そうすれば物事の本末、終始が見えてきます。 トラブルも始まりを見極めれば小さな火種のうちに収めることもできます。

                                      

 爲無爲、事無事、味無味。大小多少、報怨以徳。圖難於其易、爲大於其細。天下難事、必作於易、天下大事、必作於細。是以聖人終不爲大。故能成其大。夫輕諾必寡信。多易必多難。是以聖人猶難之。故終無難。

                               

 無爲を爲(な)し、無事を事(こと)とし、無味(むみ)を味わう。 小を大とし少を多とし、怨みに報ゆるに徳を以(も)ってす。 難(なん)をその易(やす)きに圖(はか)り、大を其の細(さい)に爲(をさ)む。 天下の難事(なんじ)は必ず易きより作(おこ)り、天下の大事は、必ず細より作(おこ)る。 是(ここ)を以って聖人は終(つい)に大を爲さず。 故に能(よ)く其の大を成す。 それ軽く諾(だく)するものは必ず信(まこと)寡(すくな)し。 易(い)とする多ければ必ず難きこと多し。 是ここを以って聖人は猶(な)ほこれを難しとす。 故に終(つい)に難きこと無し。

                           

 

ことさらに何かを行おうと行動したりせず、静かに見守ることに徹し、何の味もないものを味わうような境地こそ大切なのです。 小さいものを大きいものとし、少ないものを多いものとし、怨みに対してさえ徳をもって対応するのです。 そのような態度でいれば、いろいろなトラブルをまだそれが小さいうちに発見し解消することができます。 世の中の大事件は必ず小さなことから発展します。 この点からも聖人と言われている人は小さなことから慎重に対応するため、決して大きな苦労をすることなく大事業をなすことが出来るのです。 安請け合いをする人には大体、信頼を置くことが出来ません。  たやすいと思っていると困難なことが多いのです。 従って、聖人と言われる人はすべてのことを困難なこととして対応するのです。 その結果、困難なことは無くなるのです。
                               
                        
昨今の日本を取り巻く政治情勢を見るにつけ、つまらぬパフォーマンス、さかしらな行為を厳に慎み、物事の本源を常に見極め、行動したいものですね。
                                       
                   
坂城町長 山村ひろし

カテゴリ[ 5.「老子」関連]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

12/08/18 08:40

老子の続き(第62章)

 この章は老子の哲学の深い面を述べています。 「善人、悪人」については親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」 に通ずる考え方でもあります。

                           

 道者萬物之奧、善人之寳、不善人之所保。 美言可以市、尊行可以加人。 人之不善、何棄之有。 故立天子置三公、雖有拱璧以先駟馬、不如坐進此道。 古之所以貴此道者何。 不曰以求得、有罪以免耶。 故爲天下貴。

                           

 道は萬物の奥にありて、善人の寳(たから)、不善人の保んぜらるる所なり。 美言は以て市(う)る可(べ)く、尊行は以て人に加ふべし。 人は不善なるものも、何の棄つることか之れ有らん。 故に天子を立て三公を置くときは、拱璧(きょうへき)以て駟馬(しば)に先(さき)だたしむる有りと雖(いえど)も、坐(ざ)して此の道を進むに如(し)かず。 古(いにしえ)の此の道を貴ぶ所以(ゆえん)の者は何ぞや。 以て求むれば得(え)、罪有るも以て免(まぬが)ると曰(い)はずや。 故に天下の貴(き)と爲る。
                       

 

道はすべてのものの根源にあって、善人の宝でもあるが不善人が安心しておられる所以でもあります。 立派な言葉は人々に与えるべきで、立派な行いも人々に施すことがよいことです。 不善と言われる人でも道を基にして生きているのでありどうして捨てることなど出来ましょうか。 天子が即位し三公(太師、太傅、太保)が就任するときにはひと抱えあるような大きな璧玉を四頭立ての馬車の先頭に置き献上されると言いますが、それよりは座ったままこの道を進んだ方がよほど価値があるのです。 昔の人がこの道を選んだ理由は何でしょうか。 道こそ私たちが求むれば得ることができ、罪があるものでもそのおかげでまぬがれることができると言われています。 従って、世界中でもっとも貴いものと言われているのです。
                          
                       
この章によく付けられるタイトルは 「爲道」 です。「道を爲す」ことの具体的な考え方を述べていますね。
                           
                      
坂城町長 山村ひろし


カテゴリ[ 5.「老子」関連]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

12/08/11 09:07

老子の続き(第61章)

 この章では「大国」と「小国」の関係について述べています。 国際政治でも、「大国」こそ、「その低きをもととなす」 ような謙虚さが求められます。

                             

 大國者下流、天下之交。天下之牝。牝常以靜勝牡。以靜爲下。故大國以下小國則取小國、小國以下大國則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者各得其所欲。大者宜爲下。

                                     

 大国は下流にして、 天下の交(かう)なり。 天下の牝(ひん)なり。 牝常に静(せい)を以(も)って牡(ぼ)に勝つ。 静を以って下ることを為せばなり。 故に大國以って小國に下れば、則(すなわ)ち小國を取り、小國以って大國に下れば則ち大國に取らる。 故に或(ある)いは下りて以って取り、或いは下り取らる。 大國は人を兼ね畜(やしな)わんと欲するに過ぎず、小國は入りて人に事(つか)えんと欲するに過ぎず。 それ兩者各々(おのおの)其の欲する所を得。 大なる者は宜(よろし)く下ることを爲すべし。

                                 

 大国はいわば大きな河の下流のようなもので世界中のものが寄り集まってきます。 いわば世界中のものが身を寄せたくなるような女性のような存在です。一般的に女性はその静かさでもって男性に勝つことが出来ます。 静かに謙虚な態度で接するからです。 したがって、大国は謙虚な姿勢で小国に対せばおのずから小国を手中にすることができます。 また、小国も謙虚に大国に接すれば大国の保護を得ることが出来ます。 謙虚な態度で接することにより国を得、一方、謙虚な態度で接することにより保護を得ることが出来るのです。 大国はほかの国を併せ納めようとするのにすぎず、小国は大国の傘下に入って従おうとするに過ぎないのです。 そのようにお互いに謙虚に接すれば各々両者の欲するところを得ることが出来るのです。 とにかく、大国は謙虚に振る舞うことが大切です。

                        

 「大国」のみならず大きな権力を持った人間の「謙虚」、「謙下」の思想が何より大切だと思います。 これが老荘思想のベースですね。

                        

 坂城町長 山村ひろし

カテゴリ[ 5.「老子」関連]   コメント[0 ]   トラックバック[0] 

12/08/02 18:26

老子の続き(第60章)

 この章は、老子の言う、「政治の要諦」 であります。

 冒頭の 「大國を治むるは、小鮮(しょうせん。 小魚のこと) を烹(に)るが若(ごと)くす。」

 という言葉が大切ですね。 「治世を行うに、無闇にかき混ぜてはいけない」 と言うことです。

                                  

 治大國若烹小鮮。 以道天下、其鬼不神。 非其鬼不神、其神不傷人。 非其神不傷人、聖人亦不傷。 夫兩不相傷。 故徳交歸焉。

                            

 大國を治むるは、小鮮(しょうせん)を烹(に)るが若(ごと)くす。 道を以(も)って天下に莅(のぞ)めば、其の鬼(き)も神(しん)ならず。 其の鬼、神ならざるに非(あら)ざるも、其の神、人を傷(きず)つけざるなり。 其の神、人を傷つけざるのみに非ず、聖人も亦傷つけざるなり。 それ兩(ふた)つながら相い傷つけず。 故に徳交(こもごも)焉(これ)に歸す。

                                    

 

大国を治めるのは小魚を煮るようにあまりいじくったり手を入れてはいけないのです。 道の無為のあり方をもって天下を治めていけば、たとえ鬼神もたたりをもたらすようなことも無く人を傷つけることもありません。 そのたたりが人を傷つけないばかりでなく、聖人による政治ももちろん人を傷つけることはありません。 鬼神も聖人もどちらも人を傷つけないのでその徳がそれぞれ人々に及ぶのです。
                           
                       
最近の政治は、ことさら、「ごちゃごちゃ」 といじくり回すことが多いですね。
「無為自然」、「徳」 をもって物事の本質をしっかり議論し、政治を行なってもらいたいものです。
                                       
              
坂城町長 山村ひろし 

カテゴリ[ 5.「老子」関連]   コメント[0 ]   トラックバック[0]