12/11/30 20:55

老子の続き(第78章)

 前に、第8章で 「上善は水の若(ごと)し」 というのが出てきましたが、この章でも水を引用し、「堅強」に比した「柔弱」の強さを述べています。 ここも大切な章ですね。

                      

 天下柔弱、莫過於水。 而攻堅強者、莫知能勝。 其無以易之。弱之勝強、柔之勝剛、天下莫不知、莫能行。 故聖人云、受國之垢、是謂社稷主、受國之不祥、是謂天下王。正言若反。

                                         

 天下の柔弱なるもの、水に過(す)ぐるは莫(な)し。 而(しか)も堅強(けんきょう)を攻むる者、能(よ)く勝るあるを知る莫し。 其れ以(も)って之に易(かは)るもの無し。 弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは、天下知らざるもの莫きも、能く行なうは莫し。 故に聖人云(い)ふ、國の垢(あか)を受くる、是を社稷(しゃしょく)の主と謂(い)ひ、國の不祥(ふしょう)を受くる、是を天下の王と謂ふ、と。 正言(せいげん)は反(はん)するが若(ごと)し。                                                         

 

  この世の中で水ほど柔弱なものはありません。 しかもいざとなると頑強なものを攻めるのに、水ほど強いものはありません。 水に代わるものもありません。 弱いものが強いものに勝つことがあることはだれでも知っていますがそれを実践できる人はいません。 そこで聖人は 「国の汚辱を自ら引き受けることの出来る人が本当の王であり、国の禍を一身に引き受けることのできるのが天下の王である」(本当に強い王がまるで弱者のように汚辱や禍を引き受けるのだ) と言っています。 このように、正しい言葉というのはあたかも反対のことを言っているように聞こえるものです。

                               
                                   
                          
 米国の政治学者のジョセフ・ナイ氏がハード・パワー 一辺倒ではだめで、ソフト・パワー、後にはスマート・パワーの大切さを述べていますが、正に老子と同じ見解ですね。
                               
(以下、私のブログから)
http://blog.valley.ne.jp/home/yamamura/?itemid=22227
                         
                                    
 坂城町長 山村ひろし
                                
 

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12/11/22 13:38

老子の続き(第77章)

 この章では、「天の道」のあり方について述べています。

 老子の言う「天の道」はそれこそ、宇宙、大自然の合理性を説いています。

 天はすべてのものを調和するということですね。

                                     

 天之道其猶張弓乎。?者抑之、下者擧之。有餘者損之、不足者與之。天之道損有餘而補不足。人之道則不然、損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下。唯有道者。是以聖人、爲而不恃、功成而不處、其不欲見賢。

                     

 天の道は其れ猶(な)ほ弓を張るがごときか。 高き者は之れを抑え、下(ひく)き者は之を擧(あ)ぐ。 餘り有る者は之を損(へら)し、足らざる者は之に與(あた)ふ。 天の道は餘り有るを損して足らざるを補ふ。 人の道は則(すなわ)ち然(しか)らず。 足らざるを損し以(も)って餘り有るに奉(ほう)ず。 孰(た)れか能(よ)く餘り有りて以って天下に奉ぜん。 唯(た)だ有道者のみ。 ここを以って聖人は、爲(な)して恃(たの)まず、功成りて處(お)らず。 其れ賢を見(しめ)すを欲(ほっ)せざるなり。

                               

 

 天の道の動き方はあたかも弓に弦を張って引っ張るようなものです。 つまり上の者を押さえ、下の者を持ち上げるようなものです。 あり余っている者から取り上げ、不足している者に分け与えます。 このように天の道は大きな自然の動きの中で余っているもの、足りないもののバランスを取っているのです。 しかしながら人の道ではそうではありません。 足らなくて困っている者から更に取り上げ、有り余っている者に差し出しているのです。 ありあまっているからと言って天下に差し出す人はいるのでしょうか。 それはただ、道を体得している人のみなのです。  それゆえに、聖人と言われる人は立派な業績をあげてもなにも要求せず、成果が上がっといってもいつまでもそこに留まっているわけでもありません。 ましてや自分の優れている点など人に見せようとはしないのです。
                                 
                       
 この調和のバランスが今の政治にも求められます。
 また、後段の 「功成りて處(お)らず。」 というのもすごいですね。
 成功までのプロセスが大切で、功成なり名遂げたならいつまでも居続けてはいけないということです。 出処進退の大切さも述べています。
                                          
                       
 坂城町長 山村ひろし 

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12/11/16 04:02

老子の続き(第76章)

 この章は老子のまさに言わんとする「根本」です。 いわば「強」を戒めると言うことです。

                                     

 人之生也柔弱。 其死也堅強。 萬物草木之生也柔脆。 其死也枯槁。 故堅強者死之徒、柔弱者生之徒。 是以兵強則滅、木強則折。強大處下、柔弱處上。                  

 

 人の生まるるや柔弱なり。 其の死するや堅強(けんきょう)なり。 萬物草木の生ずるや柔脆(じゅうぜい)なり。 其の死するや枯槁(ここう)す。 故に堅強なる者は死の徒(と)、柔弱なる者は生の徒なり。 是(ここ)を以(もっ)て兵(へい)強ければ則ち滅び、木(き)強ければ則ち折らる。 強大なるは下に處(お)り、柔弱なるは上に處る。                          

 

 人が生まれるときは大変柔らかく柔軟です。 しかし、死を迎えたときには体は硬直してしまいます。 自然の万物もその生まれたときはみな柔弱です。 そして死を迎えたときは枯れて堅くなってしまいます。 従って、堅強な者は死の仲間と言え、柔弱な者は生の仲間と言えます。 このことからも頑強な軍隊は案外もろく滅びてしまい、強い木も強いだけに柔軟性に欠け、折れてしまうのです。 従って、世の中では、強くて大きなものは下位に位置し、柔弱な者の方が上位にいるものなのです。
                               
                     
 いつも頑なであったり、シャッチョこばっていては折れてしまうということですね。 人生、いなすかわす、柔軟さ、したたかさも持たねばならないということです。
                                    
                
 坂城町長 山村ひろし

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12/11/07 21:47

老子の続き(第75章)

 この章では、権力を持った者が心がけなければならない大切なこととして「無私」であるということを説いています。

                                        

 民之飢、以其上食税之多。 是以飢。 民之難治、以其上之有爲、是以難治。 民之輕死、以其上生生之厚。 是以輕死。 夫唯無以生爲貴者、是賢於貴生。

                                  

 民の飢(う)うるは、其の上(かみ)の税を食(は)むの多きを以(も)ってなり。 是を以って飢う。 民の治め難きは、其の上の為す有るを以ってなり。 是を以って治め難し。 民の死を輕んずるは、其の上の生を生とするの厚きを以ってなり。 是を以って死を輕んず。 夫れ唯(た)だ生を以って貴(たふと)しと爲すこと無き者は、是れ生を貴ぶより賢(まさ)れり。 

                                                   

 人民が貧困な生活を余儀なくされるのは、統治者が税金を余分に取りすぎるからです。 それによって飢えることになってしまうのです。 又、人民をうまく治められないのはあれこれと規則が多かったり余計なことをしているからなのです。 これが治世がうまくいかない理由なのです。 人民が命を軽んじてしまうのは統治者が自らの保身ばかりに目がくらんでいるからなのです。 生きることのみに汲々としている人より、生に対して淡々としている人の方がまさるのです。

                     

 この章には「貪損(どんそん)」というタイトルが付けられることがあります。つまり権力者に対し「貪欲をいましめる」ということでもあり、謙虚さをも求めています。

                          

 坂城町長 山村ひろし

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